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2005年9月22日 (木)

日常的世界の成立

rouba左の絵は,元々は昨日のブログの最後に貼っておいたものを改めてここに貼り直しました。この絵も昨日の立方体の見取り図や「杯と二つの横顔」が見える絵と同様に,「地と本体」が反転するする絵の例です。さて,何に見えますか?正確には,何「が」見えますか?答えは「若い娘」と「老婆」です。この絵を生徒に提示すると,立方体や杯の絵に比べて,反転にずっと時間がかかります。なかなか若い娘に見えなかったり,逆になかなか老婆に見えてこない生徒が多いです。

では,意識して見てもらうことにします。若い娘が見えている人は,左斜め後方から若い娘が見えているでしょう。老婆も左の方を向いています。娘の耳に見えているものは老婆の左目です。娘のまつ毛のに見えていたもの。これは老婆の右目のまつ毛です。娘のあごに見えていたもの。これは老婆の鼻です。娘が首にしているネックレス。これが老婆の口。娘の首とドレスの境目。これが老婆の顎です。

老婆が見えている人は,口から下を隠して見てください。若い娘を左斜め後方から見ることになります。老婆の鼻に見えていた部分は娘の顎からえらにかけてのラインです。老婆の左目に見えていた部分は娘の耳です。老婆の大きな鼻越しにかすかに見えていた右のまつ毛。これは少女の鼻あるいは左のまつ毛となります。そして,老婆の口だった部分は娘が首にしているネックレスです。

黒髪とベールは老婆にも娘にも共通です。

立方体の見取り図や杯の絵の割と自由に意識的に見方を反転することができます。しかし,今日の若い娘と老婆の絵の場合,なかなかそうもいきません。一方を読み取ってしまうと,他方は埋没してしまうのです。しかし,教えてもらうと,それも見えるようになります。

しかし,それとて,私たちが「若い娘」や「老婆」を元々イメージとして知っているからです。

私たちは物を見る場合,私たちがすでに知っている何かのイメージと照らし合わせ,それを解釈していることが多いのです。

絵は村上陽一郎著『科学と日常性の文脈』(海鳴社)からも引用しましたが,その本に「私の許を訪れた客人は,何の躊躇もなくその中(灰皿)に煙草の灰を落すではないか。その灰皿をこれまでに一度も見たこともなく,どこに傷があるのか,どれだけの重さがあるのか,何でできているのかさえ知らないこの客人にとっても,それは灰皿として自己を表出したからこそ,彼ほそのなかに灰を落し込んだのに違いない。」とあります。(第一章 日常生活の成立)

この客人が,たとえば稀少な少数部族等,灰皿のない文化圏から来た人ではいことを言っています。

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