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2005年9月12日 (月)

裁く神、ゆるす神、謝る神

kaminohakken 昨日は「ゆるし」の話を書いたので、今日はその続きという感じで今ちょっと気になっていることを書きます。

『神の発見』(平凡社、2005年)の中で、カトリック教会の森一弘司教様は、次のように語っておられます。

私は最近、神の優しさを強調するために、こんな話をしております。私がいま信じている神様は、天国の門の前に出て、来る人来る人に頭をさげて、「こんなひどい世界と苦しい人生を与えてしまって申し訳なかった」と謝っているんです、と。(中略)そして、もう1つ付け加えるんです。「きびしい人生に疲れてもどってきたのだから、ゆっくり休みなさい」と、神は言って下さると。放蕩息子の帰宅のたとえ話しがまさにこれです。

われわれは、旧約聖書の中に「裁く神」を、新約聖書の中に「ゆるす神」を見出すことができますが、なかなか「謝る神」まで見出すことはできません。

しかし、昨日の衆議院選挙の結果を見ると、森司教が語る「こんなひどい世界」を神がお謝りになるということが、現実味を帯びてくる、と私は思う。

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