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2005年11月12日 (土)

ミサ祭儀

祭壇,祭服,司祭,開祭の儀,閉祭の儀,入祭の歌,聖体祭儀,祭日,復活祭,感謝の祭儀(エウカリスチア),供えの祭り(アナフオラ),・・・。これらはミサに関連する言葉である。祭という字の付くものを挙げてみた。そう,ミサは祭りなのである。祭りは日常の中にあって,しかも日常と対蹠的な関係にある。つまり,祭りは特別な日なのである。これは,日本の各地に残る神社等の祭りを考えてもわかる。その日だけ特別に交通を止めて御輿がかつがれたり,山車が引かれたりする。また,裸祭りなども各地に残っており,この日だけ特別にふんどし一丁で人前に出ることが許されたりする。

カトリックにおいても復活祭は特別大きな祭りだが,実は毎週行われるミサもまた祭りなのである。

第一コリント11章23~26節で,使徒パウロは次のように述べている。

わたしがあなたがたに伝えたことは,わたし自身,主から受けたものです。すなわち,主イエスは,引き渡される夜,パンを取り,感謝の祈りをささげてそれを裂き,「これは,あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。また,食事の後で,杯も同じようにして,「この杯は,わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に,わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。だから,あなたがたは,このパンを食べこの杯を飲むごとに,主が来られるときまで,主の死を告げ知らせるのです。

また,ヨハネ福音書6章には,

イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく,わたしを信じる者は決して渇くことがない(35節)。わたしの父の御心は,子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり,わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである(40節)。」

とある。カトリック教会は,2000年にも亘って,毎週この教えを守ってきた。キリスト教の本質は,イエスの死と復活である。だから毎週ミサが行われてきた。もちろん,時代に合わせて少しずつ形態は変化してきたが,最後の晩餐の様子を再現していることに変わりはない。それはキリストの死と復活を記念して行われている。弱い人間は日常に流されると,こんなに本質的なこと---死と復活---も忘れてしまう。特に死を考えることは日常の中では避けて通りたい。復活もまた非日常的な次元で考え勝ちだ。だから,毎週,ミサという非日常的な儀式=祭りを行う。

さて,祭りを執り行うにはいろいろな役割の人が必要だ。イエス・キリストの死と復活を記念して行うのであるからどうしても欠くことが出来ないのは,キリストの代理者であるが,それが司祭である。司祭はキリストの代理者としてこの祭りを司る。

しかし,キリストだけでは最後の晩餐は行えない。弟子が必要だ。それは一般会衆であるが,キリストの代理者の傍で祭壇(=食卓)を囲む弟子がいた方が格好が良いし,都合も良い。それが侍者だ。

僕の勤務校では,始業式,終業式,入学式,卒業式などの当日,式典の前に必ずミサが行われる。これは自由051112 参加だ。その中で,侍者の役割をする学年は決まっており,中2が秋から1年間担当する。誰でもできるが,聖書研究会(聖研)に出席している生徒が引き受けてくれることが多い。右の写真はその説明を受ける聖研のメンバーたちである。

彼等が初めて学校のミサで侍者をするのは11月25日。この日は(なんと)司教様が司式である。

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コメント

マジスさん、こんにちは。
トラックバックありがとうございます

投稿: とみやま | 2005年11月13日 (日) 15時13分

>カトリックにおいても復活祭は特別大きな祭り>だが,実は毎週行われるミサもまた祭りなので>ある
そうですよね
毎週が祭りですもんね
自分のことばっかりで申し訳ないですが
次の日曜日は堅信です
でも堅信はお祭りではないですよね?
お祭りなんでしょうか??

投稿: マリアミカエラ | 2005年11月13日 (日) 18時10分

こんばんわ。
トラックバックありがとうございました。
ctさんのブログは中身が濃くてとても興味深いですね。
この記事を読んで、自分がミサを特別だと思うのは、非日常的であるから、という理由もあるのかもしれない、と思いました。

あと、ちょっと前にこのブログのMAGISという題名について書いてありましたが、私はただ単純に、イエス様の生まれた時に来られた、東方三博士のことだと思ってました。色々お勉強になります。

投稿: 瑛莉花 | 2005年11月13日 (日) 23時12分

>>マリアミカエラ様
いつもコメントをありがとう。
堅信式が祭りかどうかということですが,
ミサ中やミサ前後に行われるのであれば,
形式的には,ミサという祭りの最中に行われるという言い方は可能ですよね。
でも,僕がマリアミカエラさんにお伝えしたいことは,
「堅信はあなたにとって大祭です」ということです。
ミサは,キリストの死と復活を記念(=忘れないように願いながら知り覚える)して,一週間に一度執り行われる非日常(=祭り)。
堅信式は,聖霊様のお導きにより,そのキリストと結ばれて,同じ死と復活に与ることを記念する日。
まさにあなたににとっては一世一代の大祭(=非日常)ですよ!
しかも,この非日常的儀式は,日常をも変えるわけでしょう?
すごい恵みですよね。ほんと~うにおめでとう。
鎌倉から兵庫まで,神輿(もちろん本尊はイエス)を担いで祝いたい気持ちです。

投稿: ct(MAGIS管理者) | 2005年11月14日 (月) 00時53分

ctさんこんにちは。
ctさんの学校では、自由参加とはいえ
御ミサがあるのですね。
うちの夫は中高6年間カトリックの学校ですが、
クリスマスしか御ミサがなかったというのですよ。
知らないだけでしょうか?
そしてかなり筋金入りの無神論者で・・・
いつか神様の存在に気がつくことを祈っていますが、
ついカッっと言い返しそうになることも(^^;)

ところでお知らせにまいりました。
今年のクリスマス・イブに洗礼のお恵みをいただけることになりそうです。
「こんな私が・・・」と恐れのような気持ちもあるのですが、
神様を信じて飛び込んでみようと思っています。

投稿: もりえ | 2005年11月18日 (金) 17時08分

もりえさん
コメントありがとうございます。
洗礼式がクリスマス・イブの日に決まったことはブログFOOTPRINTSで,知っていました。
なかなかお祝いのコメントを書けずにごめんなさい。

>うちの夫は中高6年間カトリックの学校ですが、
クリスマスしか御ミサがなかったというのですよ。
知らないだけでしょうか?
そしてかなり筋金入りの無神論者で・・・
いつか神様の存在に気がつくことを祈っていますが、
ついカッっと言い返しそうになることも(^^;)

「無神論は無関心よりずっと良い理解者」と考えることもできますよね。

神様から見たらあまりたいした問題ではないのかもしれません。

投稿: ct(管理者) | 2005年11月19日 (土) 21時56分

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アナタハ神ヲシンジマスカ? ザビエルチックにコンバンハ。(笑) いげやんです。 注)決して、てっぺんハゲではありません。   しいて言うなら若干おでこが広い程度デス。^^; もちろん、悩み過ぎて創○学会に入った訳でも、統○教会に入った訳でもありません。(...... [続きを読む]

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