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2005年11月 5日 (土)

『齢百二十』

昨日のNHKニュースによると,鎌倉時代の人たちの平均寿命は24歳だったという。聖マリアンナ医科大学の教授が,由比ヶ浜南遺跡から出土した260体分の歯や骨を分析した結果,15歳未満の子どもとみられるものが70体以上あったのに対し,55歳以上は5体しかなく,平均寿命を計算したら24歳になったという。教授は,寿命の短さの原因として,戦乱,災害,都市の劣悪環境をあげている。

ところで, 一昨日紹介した相川高徳氏著『中世鎌倉人の手紙を読む[女性編・男性編]』(岩田書院 2004年)。ここにも,たくさんの死や病が載っている。しかし,[女性編]の「第六章 いのち」の最初に紹介されている書状は,塔の辻殿という人が120歳の長寿であることを祝う手紙。相川先生は『齢百二十』と題している。

120歳で思い出すのは,ユダヤ民族の祖・アブラハムとその妻サラのことだ。アブラハムが100歳,サラが90歳の時,神が約束して下さった子イサクが生れた。そして,サラは127歳まで生き,アブラハムは175歳まで生きたと旧約聖書『創世記』に書かれている(17章~25章)。

この箇所を,中学生の聖書研究会で読んだとき,生徒は皆怪訝そうな顔をした。感想は,「こんなことがあるはずがない」。「こんなことがあるのだろうか」。「こんなことができるなんて神業だ」等々だった。前の方ほど支持率が高い。

聖書のこの記載が,今日的な視点において事実かどうかわからない。しかし,嘘だとも言い切れない「何か」がある。聖書記者は,極端な高齢でもって「何か」を伝えようとしていた。

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コメント

私の参加している勉強会でも話題になりました。神父様の言われるには「昔のことだから1年の単位が違ったのでしょう」とのことでした。個人的には「神様のご加護の下、幸せに暮らしました」だと思うのですが、、、、

投稿: さかば | 2005年11月 6日 (日) 16時21分

さかばさん
コメントありがとう。
歳の数え方は確かに今日のヨーロッパや日本とは違っていたでしょう。
ブログ内で「今日的な視点において事実かどうかわからない」と書いたのはそういうことを含めてでした。
一言で言えば,さかばさんの言うように,
「神様のご加護の下、幸せに暮らしました」
ということなのでしょう。しかし,数え方は違うものの,聖書記者は,サラが大変な高齢で子を授かったことを書くことによって,神がなさることは人間の想像を遙かに超えていることを伝えたかったのではないでしょうか。
ブログ中の「何か」とは,「神がなさることは人間の想像を遙かに超えている」ということになるのでしょうか。

投稿: ct(MAGIS管理者) | 2005年11月 6日 (日) 16時37分

「創世記」6:3には「こうして人の一生は120年となった」と書かれていますので、わたくしは、120年の人生設計をしています?そこまで生きられないのは、なぜかを考えるのも興味深いことかもしれません。

投稿: omasico | 2005年11月 9日 (水) 07時46分

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