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2005年11月 1日 (火)

貧しさは神の敵だ

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「貧しい人は幸いである」と聖書に書いてあるが,貧しさは幸いではない。1959年,カメルーンで初めて司祭となった8人のうちの一人であるババシモンという神父様は,「貧しさは神の敵だ」と考え,「教育は生きるための鍵だ」と悟って,現地に学校を作ったという(雑誌『聖母の騎士』2005年11月号掲載のルイス・カンガス神父の文章参照)。

昨日の「歩く大会」の帰り道,私は同僚と生徒1名と一緒に,上智短大に寄った。生徒は,勤務校のボランティアを統括する委員会の委員長である。目的は,フィリピンやアフリカを支援するために私たちの学校で集めた援助物資を届けるためだ。「フィリピン・アフリカを助ける会」が援助物資を送り出す窓口となっているのだが,その本部が上智短大に置かれているのである。本部といっても短大寮の一室だが。

さて,私たち3人の訪問を「フィリピン・アフリカを助ける会」で中心として働いているシスター・マリアが出迎えて下さった。シスター・マリアは聖マリア修道女会の修道女だ。

シスター・マリアは大変活動的なシスターで,また,話好きである。というよりも,自分が貧しい国で見てきたこと,感じてきたことを,なるべく多くの人に伝え,支援の輪を広げたい気持ちがお腹の底からあふれ出てしゃべっているといった感じである。

最初,シスターはカメルーンの話をしてくれた。3ヶ月前に,イエズス会のカンガス神父らと現地を訪問してきたのだ。沢山の写真を見せながら現地の超貧困の様子を「恐ろしい。恐ろしい」と言いながら説明してくれた。冒頭の写真に写っている子どもたち。衣食住のすべてが足りていない。この子たちの30%が死んでしまうのだという。現地のシスターたちはストリートチルドレンの支援と,看護学校をやっていると聞いた。

次に話は,秦野での活動へと移った。シスターたちは,「フィリピン・アフリカを助ける会」の仕事をしながら,地域で必要なボランティアも始めていた。きっかけは,1987年に秦野で起こった,カンボジア難民の男性による妻子四人を殺害事件にあった。この事件は生活苦によって起こったのだった。近くで起こった悲劇に心を痛めたシスターは,すぐに警察や行政を訪ね,今彼らに何が必要か,何か出来ることはないかと聞いたらしい。その結果,日本語習得をはじめとした教育が必要とされていることがわかった。当時彼らは言葉がよくわからないから,低賃金の仕事しか得られず,したがって,きちんとした教育を受けることもできない。そのままでは,彼らの子どもたちもまた仕事の制約を受け貧しい生活を余儀なくされる。貧困の再生産という状況下であった。そこで,シスターたちは上智短大の学生に呼びかけ,日本語を教えるボランティアを始めた。それが今日では「上智短期大学家庭教師ボランティア」という学生主体の大変優れた地域密着型ボランティアとなっている。地域を中心に160を超える外国籍家庭が登録しており,約100人の学生が主に平日,授業の帰りに訪問しているという。短大校舎の一室が専用オフィスとなっており,専任のボランティア・コーディネーター(VC)も常駐していた。右の写真は,その部屋に置いてあった日本語教材の一部である。この数倍の教材が備えられていた。一緒に行った私たちの学校のボランティアのリーダーも,自分たちの今後の活動に大変参考になると熱心に説明を聞いていた。051101_2

シスター・マリアとは約束しておいたが,短大のロサ教授とボランティア・コーディネーターの方には,突然の訪問であったにも関わらず,親切にいろいろと教えていただき,感謝しています。

一緒に行った生徒が,学校に戻り,ここで聴いた話を仲間にどう伝え,それによって生徒たちが何をするのか楽しみにしている。

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