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2005年12月20日 (火)

生きるために生きること

17日のブログ中のファーブルについての間違えた記述について,調べたり直したりしていっため,昨日(19日)はブログをアップできなかったが,一昨日のブログの最後は「釜ケ崎の話は,今度また書きます。」とくくったので,今日はそれについて。

今年の一月に,生徒を引率して,大阪・釜ケ崎に行ってきた。以下は,その直後に,勤務校の『学園通信』用に書いた文章に加筆・訂正したものです。

JR新今宮駅で電車を降り,釜ヶ崎に近い出口に向かう階段を下りながら,「あれ,においがしない」と昨年も釜ヶ崎を訪れた同僚が呟いた。
釜ヶ崎に行った9人の生徒と4人の教員の中で,私が最も釜ヶ崎のことを知らない。生徒のうち2人は昨年も釜ヶ崎ボランティア活動に参加しているし,他の生徒も倫理の授業で最近の釜ヶ崎のことは学んでいる。また,私以外の教員はみな倫理科である。私は数学科。

子どもの頃,『山谷ブルース』(岡林信康)という唄を聞いたことがある。断片的に覚えている歌詞は,「今日の仕事は辛かった あとは焼酎をあおるだけ・・・。工事終わればそれっきり お払い箱のおれ達さ・・・。人は山谷を悪く言う だけどおれたちいなくなりゃ ビルも道路も出来やしねえ 誰も分かっちゃくれねえか。」 子ども心に「すごい唄だなあ」と空想していた。山谷が地名だということさえ知らずに。
大学生の頃には,山谷がどういうところか知っていた。日雇い労働者が仕事を求めて集まる東京のドヤ街であった。大学で『人間学』という科目があった。必修科目であった。私のクラスの担当教授は外国人のイエズス会司祭で,かなり過激なことを言っていた。まだ開講されてまもない4月の頃から,「君たち。講義に出なくても,山谷に1週間行ってくれば単位をあげるよ。だから,つべこべ言わずに行きなさいよ。」こんなことを,1年の間に何回も聞かされた。『人間学』というと,私はこのことばかり思い出す。今でもそうなのだから,在学中は,(行ったことのない)山谷が夢にまで出てきた。
あれだけ,「山谷に行ってこい」と言われ続けたのだが,私の在籍していたクラス50余名の誰も山谷に行かなかったと思う。山谷には行かなかったが,まじめにレポートを出していたので単位は取れた。20年以上も前の話である。
今でもその先生は同じことを言っている気がする。それは今の学生に対してもそうだろうし,私に対しても言い続けている気がしてならなかった。それほどしつこく「山谷に行ってこい」と言い続けたのだ。
今年の1月,私が釜ヶ崎に行くことにしたのは,その先生の呼びかけに,遅まきながら応えようと思い立ったからである。山谷ではないが,同じドヤ街なのだし,頼りになる仲間(生徒・教員)と一緒なのだから,行ってみようと思った。気持ちだけは大学生に戻って。
 
「あれ,においがしない」と同僚が呟いたとき,釜ヶ崎初心者の私は,実はすでに異臭を感じていた。このとき,私はここに来て良かったと思った。山谷や釜ヶ崎のことは,古い(学生の頃の)知識としては持っていた。それどころか『人間学』の先生のおかげで夢にまで見ていた。しかし,「感じた」のは初めてなのだった。アルコール混じりの立ち小便のにおいを通してである。
釜ヶ崎体験の第1課が始まった。
来て良かったと思ったのも束の間,宿に荷物を置き,土地勘を付けるため,初めての釜ヶ崎を少し歩くことにした。
すぐに手荒い歓迎を受けた。1人の男性に声を掛けられ,しばらく話したが,最後には,「何しに来たんや?ここは観光地やないぞ!」と言われてしまった。返す言葉が無かった。黙って聴くしかなかった。
現地に在住して釜ヶ崎支援を続ける人が,次のように言っていた。
「ここは人間を使い捨てにして順番に死なせていく場所として政策的に作られた。」
確かに,釜ヶ崎とその周辺を歩いてみると,その言葉に現実味が出てくる。周辺地域には,不自然で不必要なフェンス,鍵の掛かった公園などが見られた。野宿生活者は締め出される。そして,あいりん地区(釜ヶ崎)に閉じ込められる。さらにその中では,強者の連帯による不法な搾取(売春,賭博)がまかり通っている。
それにもめげず,釜ヶ崎の人たちはやさしい。そのやさしさを私たちはたくさんもらってしまった。夜回りのとき,1人の生徒が「ありがとうと言って毛布を受け取ってもらえるとうれしい」と活き活きとした表情で言っていた。
東京で路上生活者の支援活動をしているある神父様は,しばしば「甲斐性なしで何が悪いんや?」と問題提起される。その神父様は,路上生活(野宿生活)からの脱出も「希望」だが,路上生活者そのものの中に,人間にとって基本的な「希望」を見いだすことができるのではないかともおっしゃった。その話を聞いたときには,その意味が抽象的に,あるいは,宗教的にしかわからなかったが,今回,その意味が,少しわかった気がする。他人を大切にすること。自分を大切にすること。そして,生きるために生きること。それを釜ヶ崎で出会った人たちから教えてもらった。何も持たない彼らからいただいたものなので,大切にしなければ。
釜ヶ崎を出る直前,「まだおるのか。もうおまえらここに住んだらエエやんか!」そう言いながら自転車で後ろから追い抜いて行ったのは,2日前に「ここは観光地やないぞ!」と絡んできたおじさんだった。

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