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2005年12月27日 (火)

カトリック学校2<カトリック教育聖省>

カトリック学校についての第2回目。昨日は,「カトリック系学校の固有の使命は,学校内に自由と愛の福音的精神に満たされた学校共同体のふんい気をつくること,青少年が自分の人格を発展させると同時に,洗礼によって新しい被造物となった青少年は新しい被造物として成長するように助けること,また生徒が世界,生活,人間について徐々に習得する知識が信仰に照らされるように,人類の全文化を究極的に救いの知らせに秩序づけることである。こうしてカトリック系の学校は,進歩する時代の状況に対して開放的態度をとりながら,地上の社会の福祉を効果的に促進させるよう生徒を教育し,かれらが神の国の拡張のために奉仕するよう準備させる。それは,生徒が模範的および使徒的生活の実践により,人間社会にとって,いわば救いのパン種となるためである。したがって,カトリック系の学校は,神の民の使命を果たすうえに大いに貢献し,教会と人間社会相互間の利益のため両者の対話に役立つことができ,そのために現代の状況のもとでもきわめて重大な義務を有している。」という,第2バチカン公会議中で宣言されたカトリック学校の使命と義務を紹介した。

今日はこれを受けて,日本でいう文部科学省にあたるローマのカトリック教育聖省の動きを紹介したい。昨日に引き続き,かつての勤務校の研究紀要に執筆した拙論から引用する。

<カトリック教育聖省>

ローマのカトリック教育聖省は1977年3月に『カトリック学校』を,1982年10月に『学校に働く使徒の使命』を発布した。前者はカトリック学校のあり方に関する要請であり,後者はカトリック学校に関わる教職員,設置者,地域の教会,修道会,親にあてての教書である。これらもまた,先の『キリスト教的教育に関する宣言』と同様に生徒・教職の大部分が信者ではない日本のカトリック学校には必ずしも合わない部分が多々あるという発布当時からの指摘(4)を知った上でも,発布から20年経った今日なお日本のカトリック学校に貴重なメッセージを送っている。

例えば,カトリック学校の任務とは何か?前出の『カトリック学校』では,「カトリック学校の任務とは,一方で文化と信仰を,他方で信仰と生活とを,調和的に一致・統合させることである。そしてこの一致・統合は,前者にあっては,さまざまな分野におけるこの世の知識を教材として,これを福音の光のもとで習得することにより,また後者においては,キリスト者の特徴である種々の徳を身につけ,これを養うことにより達成されるであろう」(5)と,任務のみならず,その達成の方法まで示し,そこに働く者には「カトリック学校は教育のすべてを通して,キリスト教的価値観の証しをたてようとする人々が集う場所とならなければならない」(6)と要請する。

また,「カトリック学校は,あらゆる人々のうちに聖霊が働いていることを固く信じているので,キリスト者でない人々にも,その独自の教育計画と手段とを提供する」(7)との「非キリスト者への奉仕」という小見出し中の考察は,日本のカトリック学校こそ真正面からとらえることができよう。

明日は「日本のカトリック学校」について考察したい。


(4)例えば,『学校に働く使徒の使命』に関しては,教育使徒職研究会編『教育の心・教師の心』(1984 サンパウロ)の巻頭言において当時の学校教育担当の濱尾文郎司教が言及している。
(5)カトリック教育聖省『カトリック学校』(1978 日本カトリック学校連合会)37
(6)同53
(7)同85。この考えのもとになっているのは,第2バチカン公会議の『キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言』の2キリスト教以外の諸宗教(前出『第2バチカン公会議公文書全集』P.197)

次回に続く

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