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2005年12月15日 (木)

「マリアは悔しかった」

イエズス会士のイシドロ・リバス神父をご存じの方は多いだろう。リバス神父は1954年に来日し,東大生が多く住んでいた駒場のザビエル寮舎監,上智大学での宗教学の講義,聖イグナチオ教会での司牧,マリッジ・エンカウンターやCLC等分かち合いグループの指導,そして,黙想会や霊操の指導などで日本全国を飛び歩き,昨年,病気治療に専念するため祖国スペインに帰国した。その間,『日本の大学生』(読売新聞社),『日本人とのおつきあい』(コルベ出版 1976年),『二人の自分』(女子パウロ会 1983年),『孤独を生きぬく』(講談社 1985年),『傷ついた家庭こそ神の愛のなかに』(新世社 1993年),『ミサ 神の愛の確認』(新世社 1996年),『祈りを深めるために』シリーズ(新世社 2001年~)とたくさんの著書も残した。

私はリバス神父と大学時代に出会った。一般教養科目で彼が担当していた『日本人の宗教心』という授業を取ったのがきっかけだった。この科目を履修した理由はいたって大学生らしい理由。「楽勝コース」(=あまり努力せずAの評価がもらえる)という噂だったからである。実際には,私は楽勝コースの御利益に与らず,けっこう真面目に授業に取り組んだ。授業でもモーツァルトの音楽などを聞きながら黙想するのだから,興味がない学生にはけっして楽勝コースではなかった筈だ。実際,履修はしたが修得はできなかった学生もかなりいた。途中で授業に出てこなくなるのだ。1982年のことである。

3年後に私は彼から洗礼を授かった。その3年後,妻が(結婚式の前々日に)やはり彼から洗礼を受けた。結婚式の司式もリバス神父だった。

私は,リバス神父からその後,「イグナチオの霊操」の指導も受けた。妻と二人で結婚講座のヘルパーも短期間だがやらせていただいた。

私は結婚してから2度転職した。2度とも次の職場が決まらないうちに辞表を出してしまった。もちろん妻には相談した。妻が「いいよ」と言ってくれたので辞表を出した。妻は私が新しい仕事を得るための面接や試験の度に熱心に祈ってくれた。今日,妻と長女を車に乗せて走っているとき,まだ16歳の長女のこれからの無限の可能性についての話になった。そのついでに妻は,「もうパパは仕事のことで心配させないでよ。今度は見捨てるからね」と笑っていた。妻の愛読書は,リバス神父の『傷ついた家庭こそ神の愛のなかに』だ。051215

クリスマスが近づくと,1984年のリバス神父のクリスマス・ミサの説教の一説を思い出す。

神様がせっかく胎内に与えて下さった神様の子どもが産まれるのに,
この地上には泊まる場所がない。産む場所がない。
マリアは悔しかった。
しかし,それから2000年経った今,
神の子であり,我が子でもあるイエスの誕生を世界中の人々が祝ってくれる。
マリアはいま喜んでいる。

ジーンと来る話だった。妻の洗礼名もマリアである。

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コメント

ctさん、こんばんはぁ~
Fr.リバス、スペインでどうされてますのでしょうかねぇ~
今年は、クリスマスカードをお送りしてみようと思っています

マリア様の悔しさが喜びに変わって良かったです
また、マリア様が喜びに変われれますね
マリア様が「お言葉通り~」とおっしゃられたことは嬉しいことですね

投稿: Lucia | 2005年12月15日 (木) 22時18分

>>Luciaさん
いつも読んで下さってありがとう。
Luciaさんからクリスマスカードが届けば,
リバス神父様は,きっとお喜びになるでしょうね。
お元気にしていらっしゃると嬉しいのですが。
今日も良い主日となりますように。

投稿: ct(管理者) | 2005年12月18日 (日) 14時07分

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