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2006年1月30日 (月)

構成的グループエンカウンター5<やはり折衷主義>

1月27日の『構成的グループエンカウンター4』では,エンカウンターが折衷主義の立場をとり,それは最近のカウンセリングの潮流と等しいという話で括りました。そこで今日は,カウンセリングやエンカウンターでは,なぜ折衷主義がよいのか。この点を深めてまいります。

まず,カウンセリングにおける折衷主義を支える根拠について,國分康孝氏は,倫理的理由,社会・文化的理由,各理論の不完全性,哲学的理由,それに,フィードラーの研究をあげています(國分康孝『カウンセリングの理論』誠信書房 1980年)。

まず,倫理的理由とは,自分の流儀を押しつけるのではなく,来談者の立場に立って,求めに応じなければならないということです。カウンセラーが自分の流儀だけに固執するのは不誠実だと考える立場です。したがって折衷主義がよいということになります。

次に,社会・文化的理由とは,心理的問題というのは社会や文化が変われば変わるものですから,ある社会や文化では通用した固定した立場が,別の状況では通用しない可能性があるということです。

また,各理論の不完全性とは,文字通りで,各カウンセリング理論は不完全なものであるので,相互補完的に使うべきであるという考えです。

さらに,哲学的理由とは,人間として理論の奴隷になってはならないということです。言い換えれば,人間であるカウンセラーとクライアントの側が理論の支配者でなければならないということです。

そして,最後のフィードラー(F.E.fiedler1922~)の研究とは,精神分析理論のフロイト派,個人心理学(Individual Psychology)のアドラー派,来談者中心療法のロジャーズ派のそれぞれに属する熟練した3人のカウンセラーの面接記録を分析したところ,カウンセラーの応答に差がなかったというものです。原典にあたることができなかったので,前出の『カウンセリングの理論』から,孫引きします。

熟練者になるほど,カウンセラーの面接中の言葉には学派による差異が見出されないということである。フロイディアンも受容的な反応をするし,ロジェリアンも解釈的なことばを発する。ところが,未熟なフロイディアンほど解釈が多く,未熟なロジェリアンほど受身的な受容が多いのである。しかも,面接について何がよかったかについての来談者の感想は「先生は私を理解してくれた」「先生は暖かかった」というリレーションの有無を述べている。学派の差異がそこには反映されていない。

この研究調査からいえることは,カウンセリングの成否はリレーションにかかっていることです。どの学派に立つかは重要ではありません。カウンセリングの要であるリレーションづくりという立場からして,学派へのこだわりの克服が必要なのです。

さて,エンカウンターはなぜ折衷主義かについてですが,答はカウンセリングのそれで出てしまっています。

まず,エンカウンターはメンバー中心でなくてはなりません。ですので,リーダーの立場の押しつけはできません(倫理的側面)。また,学年・学級によっても,実施する時期によっても援助し開発すべき内容は異なります。ましてや今日の教育現場を取り巻く状況を考えれば,それこそ必要だったら何でも活かさなければ対処できません(社会・文化的側面)。一つの理論でエンカウンターが成功するほど問題は単純ではなくなっています(各理論の不完全性)。そして,現場の生徒と教師は,理論に振り回されることなく,生き生きとエンカウンターしなければなりません(哲学的側面)。だからエンカウンターも必然的に折衷主義に立つこととなります。

では,エンカウンターを行う際リーダーとなる教師は,カウンセリングの各理論をすべて知っていなければならないのかという問題に突き当たります。答はイエスでもあり,ノーでもあります。次回はこの点(エンカウンターのリーダー論)を深め,『構成的グループエンカウンター』シリーズの最終回とする予定です。

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コメント

こんばんわ。カウンセリング、これは主に精神疾患をもった方に行われるのですか?それとも、疾患の有無に関わらず悩みの相談に乗ってくれるカウンセリングなのですか?
どちらにしても
>倫理的理由とは,自分の流儀を押しつけるのではなく,来談者の立場に立って,求めに応じなければならないということです。

そうだなあって思いました。
カウンセリングに来る人は、何かを求めて、救いを求めてるんですよね、きっと。
だからその求めに応じてあげることが、その気持ちが救いになるのかもしれないですものね。

難しいことは判らないのですが、もし自分が誰かに相談を受けたときには、心がけたいなと思いました。

投稿: PIYO | 2006年2月 4日 (土) 00時55分

>>PIYOさんへ
コメントに対するお返事が大変遅くなってすみませんでした。
しかしこのコメントに対する答は長文になってしまいました。
また,非常に深い問題を孕んでいます。
そこで,独立した記事として本日(2月6日)にアップさせていただきました。
ありがとうございました。

投稿: ct(管理者) | 2006年2月 6日 (月) 23時57分

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