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2006年1月17日 (火)

他人と過去は変えられない???

作家の遠藤周作は小説や随筆で「事実ではないが真実である」という言い回しを好んで使っていたように思う。

精神医学者のV.フランクルは,自らのアウシュビッツ収容所における体験を通して,人は置かれた状況「そのもの」ではなく,その状況を「どう捉えるか」によって生き方が変わると言っている。

ところで,よく耳にすることで,「他人と過去は変えられない」というのがある。なるほど,他人も過去も変えられはしない。しかし,人にとっての「過去」とは記憶の中にある。その記憶であるが,最近読んだ流行の本(茂木健一郎『脳の中の人生』中央公論 2005年)によれば,人間の記憶は常に「編集」され続けているのだという。だとすれば,過去は可変だ!過去の事実は変わらないにしても,見方は変えられる。

さて,では他人は?
もちろん変えられない。しかし自分が変われば他人に対する見方も変わる。

そして,遠藤周作風に言えば,そちら(見方を変えた過去や他人)こそ真実となっていくのだろう。

捉え方や見方を変えることが出来るのもまた主からの恵みによるのだが・・・。
もちろん,人の思いの通りには変わらない。主の思いははるかに超えているからである。神学者ラインホールド・ニーバー(1892-1971)の有名な祈りを引用します。主なる神を信頼しているからこそ祈れるのだと思います。

神よ
変えることのできるものについて,
それを変えるだけの勇気をお与え下さい。
変えることのできないものについては,
それを受けいれるだけの冷静さをお与え下さい。
そして,
変えることのできるものと,変えることのできないものとを,
識別する知恵をお与え下さい。

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コメント

御意!
年を重ねるうちに「神も仏もあるものか」と言うようなことに遭遇してしまいますが、業に囚われていると、本当に救われませんね。神に愛されていることを信じて、自らの業を痛悔し、神の恵みを感じることができれば、前向きに生きていけると思います。
これこそが「信じるものこそ救われる」だと思います。まさにこれが遠藤の言う「真実」ですね。

投稿: さかば | 2006年1月18日 (水) 01時27分

この祈りは素晴らしい祈りです。
この祈りは謙遜のうちにすべてを祈っている「究極の祈り」だろうと思っています。
「ニーバーの祈り」として知られていますが、カトリック教会に古くからある祈りで、聖ベルナルドが作った祈りであるという説もあります。

投稿: mrgoodnews | 2006年1月18日 (水) 23時04分

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