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2006年1月 1日 (日)

母マリア

060101 皆様,あけましておめでとうございます。今年もどうぞブログMAGISとそれを書いているctをよろしくお願いします。

さて,カトリック教会では,毎年1月1日を『神の母聖母マリア』の祝日として祝っています。思えば「マリアの受諾」によって歴史が変わった---旧約時代から新訳時代へと---わけです。そして,マリアはその承諾を一生貫き通したので,神の母と呼ばれます。

431年のエフェソ公会議において,聖母マリアを「神の母」と称することの正当性が決議されました。これはその頃,教会内の一部にあった「聖母マリアはキリストの母と言えるが,神の母とは言えない」という提唱を異端として退けたものでもありました(この辺りのいきさつは和田幹男神父様のサイト内の『神の母マリア』にありますので参考にしました)。マリア神学上の大きな出来事であったこのエフェソ公会議1500年祭を記念して,1931年。当時のピオ11世教皇が,毎年1月1日を「神の母」の日と決めました。また,第二バチカン公会議の『典礼憲章』でも「キリストの諸秘義を,一年の周期をもって祝う際,聖なる教会は,神の母・聖マリアを,特別な愛をもって敬う。・・・」(103)と追認しています。

なお,ちょっと余談になりますが,カトリック国ではない日本に対しては,この1月1日の『神の母聖マリア』の祝日は免除されていました。ですから私が信者になった頃は,1月1日は単に『元旦ミサ』と呼ばれていました。しかし,1989年にローマ福音宣教省が,この特例措置をなくす手紙を日本の教会に送付しました。したがって,日本では1990年から,『元旦ミサ』は,『神の母聖マリア』を祝うミサと変わったわけです。

ところで,このことを調べていたら,インターネット上のある説教集の中に興味深い記述を見つけました。

 1989年9月25日の日付で、ローマの福音宣教省より手紙を頂きました。
 それによると、セルケイラ司教様が来日され、1598年当時、日本で宣教していた司祭たちと相談したうえで、1月1日(すなわち元日)に『御守りサンタマリア』という祭日を行うことにしました。こうして聖母マリアの御保護のもとに新年を迎えることになり、その日のごミサは『聖マリアの誕生』の典礼に従って行うことにしました。
 いろんな文献によれば、当時の信者の皆さまはこのようにしてお正月を聖化することを非常に喜びましたそうです。
(ホームページ『カトリック信仰への招き』中のリベロ神父説教集より)

日本のカトリック教会は世界に先駆けて元旦にマリア様のお祝いをしていたわけです。

さて,聖書朗読ですが,第一朗読は『民数記』6章22節~27節が読まれました。24節~26節を引用すると,

主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
主が御顔を向けてあなたを照らし  あなたに恵みを与えられるように。
主が御顔をあなたに向けて  あなたに平安を賜るように。

『聖書と典礼』(写真)によれば,「これは古くからイスラエルに伝わる祝福のことば。祭司が礼拝に集まった民を祝福することばである」とあります。私の教会でも,今日のミサにおいて派遣の祝福の際,この部分を用いられました。

第二朗読は『使徒パウロの柄手あの教会への手紙』4章4節~7節。『聖書と典礼』による要旨は「神はその御子を女から生まれたものとしてお遣わしになった」。

これ受けて,福音書は次の箇所が読まれました。

[そのとき,羊飼いたちは]急いで行って,マリアとヨセフ,また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て,羊飼いたちは,この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆,羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし,マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて,思い巡らしていた。羊飼いたちは,見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので,神をあがめ,賛美しながら帰って行った。
八日たって割礼の日を迎えたとき,幼子はイエスと名付けられた。これは,胎内に宿る前に天使から示された名である。

『ルカによる福音』2章16節~21節

私は,この中の「マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて,思い巡らしていた。」という箇所が好きです。この何ヶ月か前,マリアは突然に天使から「おめでとう,恵まれた方。主があなたと共におられる。」という言葉を聞かされました。このとき戸惑い,考え込んだマリア。いいなずけがいる乙女としては,心中ものすごい嵐だったでしょう。しかし,謙遜な方マリアは,「わたしは主のはしためです。お言葉どおり,この身に成りますように」と神の壮大な計画を受諾したのです。身ごもったマリアは,後に旅の途中でイエスを生みます。そのときには,マリアとヨゼフには宿屋がなく,しかたなく寒くて暗い馬小屋で,マリアは神様が約束して下さった子を生まなければならなかった。「マリアは悔しかった」というクリスイマス・メッセージを私は今でも思い出します。マリアは,「これらの出来事をすべて心に納めて,思い巡らしていた。」とありますが,これから先のことにも思いを巡らせていたことでしょう。

神様は人を通して働かれる方です。旧約時代にも,モーセをはじめ,多くの預言者を通して語っておられました。しかし,神様の,マリアの用い方は,旧約時代とは次元の違うものでした。マリアは身を削って神の子を生み,家庭の母としてイエス様を育てたのです。しかも,マリアは一度「お言葉どおり,この身に成りますように」後は,たった一人,自分が生み育てている方が神であると知っていたわけです。

このマリアの姿勢は私に,神の言葉を受諾するとはどうすることなのかを教えてくれました。同時に,覚悟を決める・引き受ける・愛するとはどうすることなのかも教えて下さいます。

だから,神の母聖マリアは,人類の母であり,私の母なのです。

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コメント

ctさん、新年おめでとうございます☆
いつもコメント・トラバをありがとうございます。とても嬉しく思っております

ご紹介ただいた
maria michaelaさんの「maria michaelaの毎日」を読ませていただきました。
Fr.Ribasは、スペインでイエズス会の施設でお過ごしでしたしょうか・・・

そう、お帰りになる前はとても活動的でしたね。
信徒会館等でお目に掛かるととても朗らかで、指導してくださろうとしていました。
福岡からいらした方もいらっしゃったのですね☆すごいなぁ~~!!

霊操をご指導いただいたのですね。羨ましいです。私は、残念ながら機会を逃してしまいました・・・霊操のことは、またblogの方に書こうと思います。
今年も神の母聖マリアにより頼みながら霊的成長をしていけますように♪
今年もよろしくお願いします☆

投稿: Lucia | 2006年1月 2日 (月) 09時04分

>>Luciaさん
そちらのページでは新年のご挨拶をさせていただきましたが,
こちらでもさせていただきます。
今年もよろしくお願いします。

>maria michaelaさんの「maria michaelaの毎日」を読ませていただきました。

彼女は昨年11月にプロテスタントからカトリックに移り,堅信の秘蹟に与りました。
僕も昨年の夏の終わりくらいから,
maria michaelaのブログにお邪魔しています。

>Fr.Ribasは、スペインでイエズス会の施設でお過ごしでしたしょうか・・・

そうだと思いますが・・・。
とにかく彼には,ゆったりと過ごして欲しいです。
そして,ますます神様のお恵みが神父様の上にあることをお祈りしています。

僕も妻もたくさんたくさん彼を通して(あるいは,彼自身から),いただいていますので。

投稿: ct(管理者) | 2006年1月 3日 (火) 13時38分

ctさん、どうも~!
コメントとトラックバック、ありがとうございます。

「神の母聖マリア」のミサの第一朗読、私も大変、気に入りまして、【本日の福音】ではなく、別記事で取り上げようと思っていた、まさにその箇所を、書かれてしまったので(^_^;)、では私めは拙い英語で、と、全世界の人に神の祝福の言葉を宣べることにしました~

投稿: らふぁえら姉さん | 2006年1月 3日 (火) 18時02分

ctさん、
先日は、私のブログにいらしてくださってありがとうございました。
トラックバックもありがとうございます。
どうにか、やり方を思い出し、私もトラックバックさせていただきました。
1日の第1朗読、
私に洗礼を授けてくださった牧師の祝祷がこの言葉でした。
大好きなんです。
大好きなこのみ言葉を一年の初めに聞くことが出来てよかったと思っています。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: michaela | 2006年1月 4日 (水) 07時53分

>>ラファエラ姉さん様
そちらのページではコメントしましたが,
こちらではまだでしたね。
英語版のブログ読みましたよ。
今年もよろしくお願いします。

投稿: ct | 2006年1月 7日 (土) 14時13分

>>michaelaさん
ミカエラさんはドイツ在住ですよね。
プロテスタントで洗礼をお受けになり,
今はカトリック教会に通われているのですね。
ブログのきれいな写真,いつも,いいなあ,
と思いながら拝見しています。
元旦の写真のステンドグラス,とてもきれいです。
そちらのブログに
>そして聖体拝領のとき。
>神父様がご聖体を拝領する前に、
>ご聖体を手に持ち
>「来たりおがめ、王なる主を」と歌い、私たちも歌いました。
>そのとき、パンの中にいらっしゃる主をはっきり見たような気がして、
>泣き出しそうになりました。
>年の初め、キリストとの一致を感じられるミサに与ることが出来て
>神様に感謝です。
>勝手な自分の思いばかりをつづり、
>聖書について何も書いていないblogですが、
>今年は少し聖書についても書くようにしたいと思います。
>今年もよろしくお願いいたします。
とありますね。
どうかあなたのブログ
Singet dem Herrn ein neues Liedでも,
みことばを響かせて下さい。

投稿: ct | 2006年1月 7日 (土) 14時20分

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The January 1st is, of course, a new year's day, but also a Catholic holiday celebrating "Mary, Mother of God", too. Today's first reading in the mas... [続きを読む]

受信: 2006年1月 3日 (火) 18時03分

» キリストを見た・・・・ [Singet dem Herrn ein neues Lied]
今日は主日でもあり、神の母聖マリアの日でもあります。 一年の始まりをミサで始められること、感謝です。 今日のミサの説教では、聖クリストファーの話が出ていました。 といっても、私の語学力では 「聖クリストファーのことを話しているなあ」くらいにしかわかりません。 残念なことです。 今日の奉献文の後半、 突然オルガンが・・・ 「神の御子はこよいしも」(アデステ・フィデレス)の後半部分。 そして神父様が歌い、会衆がその部分だけを歌いました。 「来たりておがめ、王である主を」(勝手... [続きを読む]

受信: 2006年1月 4日 (水) 07時49分

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