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2006年1月 7日 (土)

哀しみの暴君ネロ

昨日・今日とNHKのBSハイビジョンで,ドラマ『哀しみの暴君ネロ』という番組をやっていました。昨日は見逃してしまったのですが,今日は見ることが出来ました。今日は後半だったので,ネロが皇帝になったあたりからストーリーは始まりました。

先日ブログ「心のさかば」で紹介されていた映画『クォ・ヴァディス』を5日に購入し(今なら500円なんです),見たばかりだったので,流れは掴めました。『クォ・ヴァディス』も優れたキリスト教映画でしたが,今日のNHKのドラマ『哀しみの暴君ネロ』もまた,キリスト教的価値観あるいは信仰抜きでは語れないものだと思います。特に,今日のドラマの最後の台詞が響きました。

ネロの元恋人アクテは,次から次へと周囲の人々を殺していくネロに,最後の最後まで回心を促しました。今日のドラマでは,アクテは途中でパウロから洗礼を受けます。ネロは自ら企てたローマの大放火をキリスト教徒のせいにし(実は周囲に唆されてそういったことにドラマではなっていますが),キリスト教徒を捉え大量に虐殺します。そして,何もかも破壊したネロは最後には自分も破壊します。そんなネロの最後をみとったアクテは言います。これがこのドラマの最後の台詞でした(メモを取ったわけではないので,ソラ覚えですが趣旨はこうだったと思います)。

「ネロをゆるしましょう。私たちがゆるされるのと同じように」

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コメント

チャンネル権争いに敗れて見れませんでした。やっぱり良かったのですね(残念です)。私が見ることができるのはBS2での再放送2/11(土)13:30~16:50(前後編連続)になりそうです(一ヶ月先ですかぁ、、、)。

投稿: さかば | 2006年1月 8日 (日) 00時43分

さかばさんへ
毎度のコメントありがとう。
チャンネン権争いはウチも壮絶で,
だいたい女4人対男の僕1人の戦いなので,
いつもは敵前逃亡の不戦敗なのですが,
妻は買い物,子どもたちは溜め込んだ冬休みの宿題におわれ,
僕がテレビを占領できた訳です。
再放送があるんですか。
でも,勤務日なので,今度は録画しておきます。
昨日の前編を見逃しているので。

投稿: ct(Magis) | 2006年1月 8日 (日) 00時55分

マザーテレサの言葉に、
愛することはまず許すことから、
といった言葉があったと記憶しています。
確かに心から憎んでいる人がいたら、
自分も心から幸せにはなれない気がしますね。
私たちは与えるから受け、許すから許されるんですね。
でも恥ずかしながら許すことは難しい、とよく感じます。

投稿: magdalene_sophia | 2006年1月18日 (水) 23時22分

>>magdalene_sophiaさんへ
>心から憎んでいる人がいたら、
>自分も心から幸せにはなれない気がしますね。
はい。
しかし,人類の歴史は憎しみの歴史であることも事実でしょうね。
だから,それを救うために宗教や信仰が必要なんでしょう。

投稿: ct | 2006年1月19日 (木) 22時11分

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