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2006年3月13日 (月)

失ったものが大きければ大きいほど

「私は携帯を持ったことがない。不便だろうと言われるが,それはケータイをもったとき感じることではないのか。それを使わない今は,何が不便なのか私には分からない。便利なものを手に入れるという事は,不便がひとつ増えるという事でもある。」

これは,今読んでいる岡林信康著『バンザイなこっちゃ!』(ゴマブックス 2005年)の151ページから152ページに書いてあることだが,本当にその通りだと思う。それがなかった頃はさほど必要性を感じていなかった携帯電話だが,今では,ないと結構困ることがある。たとえば,ウチの三女は片道約2時間の遠距離通学だが,下校時は遅くなるので,家内か私と携帯メールで連絡を取り合い,安全のために最寄り駅から一緒に帰る。娘か家内か私の誰か一人が携帯を忘れると,この連絡が上手くいかず,結構不便で,オマケに三女に対する心配が増す。

しかしまた,何かを失うということは何かを得ることになると思う。その最たるものが恋だろうか。確かに失恋の痛手は大きい。心にポッカリ穴が空くどころか,体の半分以上をもぎ取られた気分でしばらくは過ごさざるを得ない。しかし,ポッカリ空いた穴。あたかももぎ取られたような体の一部が大きければ大きいほど,そこには「何か」が入る余地がある。それは新しい,愛する人かもしれないし,あるいは信仰のような精神世界かもしれない。

生きていくと,このような大きな喪失感を幾度となる体験する。僕の場合,小さなものは日常茶飯に無数にあるけれど,「これは」という喪失物は二つか三つ。一つ目はかつてある人を喪失したこと。二つ目は最初の職場を去ったとき。三つ目は,ちょっと伏せておく。
しかし,この喪失感によって,私の生きる道は明らかに変わった。そもそも,これらの大きな喪失は,それまで進めると思っていた道が,突如消えたのだから・・・。
したがって,しばらくはその場所(喪失した場所)に留まって途方に暮れていた。
けれども,気が付くと,また別の道が用意されていた。もちろん,その道を探すために,喪失地点からちょっと後退したこともあった。
しかし,そこに別の道はあった。

何かをなくしたときは,何かを得るチャンス。
そして,失ったものが大きければ大きいほど,得られるものも大きい。
私の場合,この三つの喪失のよって,カトリックの門を叩き,喪失を重ねるたびに,祈る恵みをいただき,信仰が強められたように思う(といってもまだまだです)。
そんな実感がある。

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コメント

>>good news collection(mrgoodnews)様
トラックバックありがとうござます。
なかなか魅力的な本を紹介しておられますね。

投稿: ct | 2006年3月16日 (木) 17時58分

こんばんわ、CTさま。
トラバありがとうございます。

>何かをなくしたときは,何かを得るチャンス。
うーん、こころにひびきました。
新たな恋の可能性もNGだったし、なくしっぱなしですが、、、
大きな何かを得るための「貯金」だと思って頑張ります。

投稿: ぴよ | 2006年3月16日 (木) 23時39分

>>SEPIAさんへ
素敵なページへのトラックバックをありがとうございます。
お久しぶりです。
読んでいて下さって感激です。

投稿: ct(管理者) | 2006年3月17日 (金) 00時59分

>>ぴよさんへ
コメントをありがとう。
>大きな何かを得るための「貯金」だと思って頑張ります。
そうですね。
よく「充電期間」なんて言いますよね。
仕事,連日24時過ぎの帰宅とのこと。
どうか働き過ぎに用心して下さい。

投稿: ct(管理者) | 2006年3月17日 (金) 01時02分

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