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2006年3月 4日 (土)

天国で会いたい人

ある人がこんなことを言っていた。

今は会えないけれど,あなたが一番会いたいと思っている人に天国では会えますよ。
でも,天国って面白いところなんですよ。
「え~っ,あの人もいるんだぁ~」って思うような人も招かれているんですよ。
でも,「あれ,あの人がいない」ってこともあるんですね。
この世で立派な人と思われていた人も,実は何をしていたか,
ちゃ~んと神様はご存じなんですね。

この話を思い出したのは,今週水曜日の「灰の式」で,司祭によってマタイ福音書の6章の冒頭が朗読されたからだ。

「見てもらおうとして,人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと,あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。だから,あなたは施しをするときには,偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように,自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。はっきりあなたがたに言っておく。彼らは既に報いを受けている。施しをするときは,右の手のすることを左の手に知らせてはならない。あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば,隠れたことを見ておられる父が,あなたに報いてくださる。」
「祈るときにも,あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは,人に見てもらおうと,会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。だから,あなたが祈るときは,奥まった自分の部屋に入って戸を閉め,隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば,隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。

  
(『マタイによる福音』6章1節~6節。日本聖書協会 新共同訳)

神は隠れたところにおられ,私たちの隠れたことを見ておられるという。
私の祖母は,もう40年近く前になくなった。その祖母は,キリスト教とは縁のない生涯を送った人だが,とても信心深い人だった。まさに旧き善き日本人で,神と仏の区別もつけていなかったように思うが,祖母の神は,家の内外のいたる所にいた。台所,厠,井戸,山,・・・。朝は仏壇に向かって経を唱えていたし,家の中に「水神さま」とか「庚申さま」とか呼ばれているものがあった。そして,大変な悪ガキだった子ども時代の私に,「神様はちゃ~んと見てるんだぞ」と説教してくれた。今となっては感謝の気持ちでいっぱいだが,本当にきかん坊だった私は,屁理屈をこねては,祖母をいじめていた。だから,小学校4年生の時,祖母が67歳で亡くなった時は本当に悔いた。

そうそう,思い出したことがある。祖母が亡くなった頃は,今とは違って家で通夜・葬式をやっていた時代だ。そして,葬儀があると大きな花輪(今は見なくなった。パチンコ屋の開店の際に出る紅白の縞模様を黒白の縞模様に変えたようなやつだ)がその家の前に並んだ。周囲の人の面倒をよく見ていた祖母であったので,葬儀の時には,家の前(だけではなく周囲に)花輪が67本も並んだ。それは祖母の亡くなった年齢67歳と偶然にも同じ本数だった。

祖母は,アチコチに神や仏を見,感じていた人だった。しかし,何よりも祖母の内に神がいて下さったのだろう。祖母もまた神の内に生きた人だった。

天国では,祖母に会える。そしたら,僕(祖母は私のことをボクと呼んでいた)のした悪いことを全部謝りたい。
尤もそれはボクが天国に行かれたらの話だが・・・。
そうだ,妻に頼んでおこう。天国に行ったら,ボクのおばあちゃんに謝っておいて欲しい。妻は間違えなく天国に行くだろうから。そして,おばあちゃんと君でボクの悪口をたくさん言ってくれ。
ただし,僕より先に妻が召されるのは困る(;´_`;)

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コメント

ctさんへ
やっとトラックバックが成功したようです。

そういえばパウル=ティリッヒというプロテスタントの神学者が「罪意識の構造」という本の中で「天国と地獄」についてこんなことを言っていました。

私は地獄の存在を信じます。でもそこには誰もいないことも信じます。

というのです。天国の話しではなかった。地獄の話しでした。すみません。

もうひとつ、思い出したこと。今度は天国の話し。
百合ヶ丘カトリック教会がもう10年ほど前に教会の宣伝チラシを作っていて、そのキャッチコピーが「天国が見てみたい」というのでした。
このちらし、どこかにスクラップしてあるので、時間ができたら、私のブログで紹介しましょう。
それにしても、このコピーは大胆なものです。教会が天国みたいなところだといっているのですから。

こういう内容は自分のブログに書いて、トラックバックしたほうがいいですよね。

投稿: mrgoodnews | 2006年3月 5日 (日) 00時18分

>>mrgoodnewsさんへ
トラック・バックできましたね。良かったです。
それにしても,百合ヶ丘教会の
>「天国が見てみたい」
は大胆ですね。
10年ほど前というと,川崎に住んでいる頃で,
当時,小教区(貝塚)にどうしても馴染めなかった私と私の家族は,
よく百合ヶ丘のミサに行ったものです。
天国は・・・,見えたかなぁ・・・???

投稿: ct(管理者) | 2006年3月 5日 (日) 12時53分

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