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2006年3月 3日 (金)

「希望」と「確信」

060303_1 「目に見えない世界が,目に見える世界を支えているという実感が必要だった」。これは以前に引用したミリオンセラー『博士の愛した数式』(小川洋子著,新潮文庫 2004年,180ページ)の登場人物の一人の思いである。

さて,これと同じような言葉をどこかで読んだことがあると,ずっと思っていたのが,今日,「この人の著書のどれかだったはず」と思い,福井達雨氏(リンクはウィキペディア)の著作群を,パラパラとめくっていたら,その箇所が運良く見つかった。

『草は枯れ,花は散るとも---子どもたちに生かされて35年』(柏樹社 1986年)から引用する。

(前略)しかし,そのような現実の中でも,(いつかは,この子どもたちが胸を張って歩ける日本の社会がくる)という素晴らしい一つの確信と希望を持っていました。何故そのような確信を持っていたかというと,私たちが死ぬまでその確信していることが実現できないことを知っていたからです。確信というものは,できないから持つものです。もし,やろうとすることが必ず成就するなら,やればできるのですから,確信は必要がないと思うのです。
 さて,この子どもたちが胸を張って歩ける日本の社会は,私たちが生きている間ほ絶対に来ないと思います。できないこと,不可能なことに向かって挑戦し,立ち向かっていくためには,確信がなければできません。そして,ひたすら待ち望む世界がないとできないものです。しかし,その確信というものは,人間の力や人間の知恵でほ持つことができません。それは,目に見えない真理によって与えられるものです。上からの,ある大きな力によって与えられるものです。そのことを,私は重い知恵おくれの子どもたちと共に歩んできてシミジミと感じてきました。(147ページ)

060303_2福井達雨氏は,知能に重い障害を持つ人たちの施設・止揚学園の創立者で園長である。彼は,障害をその人の個性と考えて教育と取り組んでいる。障害を個性と見れば克服すべきものではない。そもそも福井先生が関わっている人たちは,治るとか改善するとかいう,いわゆる病人ではない。ほとんどが先天性かあるいは事故によって障害を持った人々なので,そのままのその人と関わる以外はないのだ。それは,一般的な意味での,到達目標も達成感もない教育の場だ。そこでは,存在そのもので勝負するしかない。まさに一瞬一瞬に人間性が問われる教育の原点がある。私は大学生の時,福井達雨氏の本を数冊読み,教育の厳しさと尊さを知った。『アホかて生きているんや』(教文館 1972年)をはじめとする彼の本は,私の教師としての構えに少なからぬ影響を及ぼした。

希望という言葉の「希」は「薄い」とか「稀」という意味だという。つまり,希望は「望み薄」,あるいは,多分叶わないことを指すと私は思っている。しかし,人間は希望なくしては生きられないともいうのだから,なかなかきつい。人間は死ぬまで叶わぬ願いを懐いていなければならないということか。そして,上の引用で福井氏は「確信」もまた死ぬまで実現しないことだと言う。福井氏のいう「確信」と作家・小川洋子さんの書いた「実感」は似ている。どちらも,信仰の領域に属する事柄だ。福井氏は神学部卒のクリスチャン(牧師さん?),小川さんもおじいさんがある新宗教の牧師さんのようなことをしていたというから,宗教と無関係ではない。

そんなことをふまえた上で,今の自分の気持ちは・・・。

私も私自身で自分の個性を「良し」とし,「私も生きていていい」あるいは,「生かされている」という「確信」を持ちたい。そして,希望はけっして棄てない。

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