花が散って・・・
写真(クリックすると大きくなります)は,私の通う教会と桜。近くに大きなお宮があって,そこに向かう参道(段葛と呼ばれている)から撮ったもの。写真を撮ったのはミサの始まる30分くらい前。つまり10時頃。満開から5日が過ぎていて,今日は夕方から大風と大雨と雷の春の嵐だった。だから今年の桜は今日が見納めだったと思う。でも,桜は散るから良い。もし,ずっと花を咲かせていたら,木はそれに栄養を奪われて枯れてしまうだろう。花は散るから,実がなるのだから。
さて,今日のカトリック教会は『四旬節第五主日』。福音朗読は,『ヨハネによる福音』12章20節~33節が読まれた。この中で,有名な箇所は,24節の
一粒の麦は,地に落ちて死ななければ,一粒のままである。だが,死ねば,多くの実を結ぶ。
(日本聖書協会 新共同訳)
この聖句は,クリスチャン以外の人も引用することがあるから知っておられる方も多いと思う。僕も多分二十歳の頃には知っていた思う。まだ,洗礼どころかキリスト教にさえ興味がなかった頃だ。
しかし,二十歳代の前半の頃,ある画家の先生(彼から大学で西洋美術史を教わった)の本にこの言葉が書かれていて,それを読んだときの,「目から鱗がおちた」感じは未だに忘れない。読んだ場所まで覚えている。京浜急行の下り普通電車が,終点の浦賀駅に到着する寸前のトンネルを出た辺りだった。
終点の浦賀駅に着いても,ひどく感動して,しばらく立てなかった。涙をこらえていた。
そのときの私にとって,「一粒の麦」は,自分自身の心だった。過去に縛られた精神だった。しがみついている自己だった。その頃,私の精神は凍り付いていた。原因はあった。しかし,その原因は過去の出来事であった。他人との関係の中で生じた痛みだった。変更不可能なものであった。その頃,私は心理学に興味がなかったし,この言葉もまだなかったかもしれないが,今思えば,PTSD(心的外傷後ストレス障害)だったのだと思う。それに伴ういくつかの症状に苦しんでいた。
「一粒の麦」。それは私の引きずっていた「何か」であったが,私はそれを手放せずにいた。辛いにもかかわらずしがみついていたのだ。自分に拘っていたと言っても良い。つまり,それを地に落とすことなど考えていなかった。だから,その「何か」は死ねずにいた。塊のままであった。「一粒のまま」であった。
だが,死ねば,多くの実を結ぶ。
これだけのことなのだ。これは私にとって,まさに,いのちの言葉となった。私は私の引きずっていた「何か」(それには愛着もあった。自己愛の要素がもあったのだから)を手放すこととした。
私の「何か」---そう,燃えかすのような想いは,その日に死んだ。いや,正確に言うと徐々に死んでいた。
3年後にカトリックの洗礼を受けた。
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コメント
こんにちは!
ctさんとこも桜の名所なんでしょうか
うちの大学の付近は桜が綺麗です
今週末は桜花賞が阪神競馬場で行われます
とっても行きたいけれど
親にとめられてしまいました
がっがりです(^^;
投稿 maria michaela | 2006年4月 3日 (月) 14時28分
きれいな桜&教会ですね。関西ではようやく咲き始めて、三分咲きにもなっていません。
ctさんはこの御言葉がきっかけだったのですね。私も一年前に神を感じたときの衝撃は、いまだに忘れられません。まさにカミワザだと思います。
投稿 さかば | 2006年4月 4日 (火) 01時55分
>>maria michaelaさんへ
>ctさんとこも桜の名所なんでしょうか
はい。「古都」なので,桜に限らず花はきれいです。
特に梅雨時の紫陽花で有名なお寺(明月院)はすぐ近所です。
>今週末は桜花賞が阪神競馬場で行われます
とっても行きたいけれど
>親にとめられてしまいました
>がっがりです(^^;
ありゃりゃ~,そうですか~。
でも,あと11日でボンジョビですね!
そちらに行く体力を温存しましょう。
投稿 ct(Magis) | 2006年4月 4日 (火) 12時41分
>>さかばさん
コメントとTBありがとうございます。
>関西ではようやく咲き始めて、三分咲きにもなっていません。
そのようですね。
piyoさんもそんな風に書いておられました。
例年とだいぶ違いますね。
関東は一昨日は大風・大雨・雷で,
昨日は東京で最大瞬間風速29.?メートルの大風でした。
それでも桜は,明日の公立小中学校の入学式に備え,がんばって花びらを付けていますよ。
明日はきっと花吹雪でしょう。
しかし,残念ながら雨の予報です。
>ctさんはこの御言葉がきっかけだったのですね。
そうですね。それまでの(そのときの)自分の心が砕かれていくのがわかりました。
>私も一年前に神を感じたときの衝撃は、いまだに忘れられません。まさにカミワザだと思います。
同感です。カミワザですよ!
投稿 ct(MAGIS) | 2006年4月 4日 (火) 12時48分