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2006年7月25日 (火)

名前を覚えてもらえる嬉しさ!

今日,3年4ヶ月振りに,前任校に行ってきました。
退職後もいろいろとお世話になっていて,
来週は長崎にあるその学校の姉妹校に,
いま勤めている学校の生徒を引率して原爆や平和の勉強に行きます。
そんなわけで,「来週は姉妹校に行きますので,よろしくお願いします」と
その学校のシスター方にお願いに行ったのです。

約束せずに夕方行ったので,残念ながら一番お世話になった校長先生にはお会いできませんでした。
しかし,何人もかつての同僚が,思いもよらないほど歓迎してくださいました。
1985年から2003年まで在籍していた学校です。
「ああ,自分は本当にこの人たちと共に働けて良かったんだなあ」と思いました。
それがお互いの今に繋がっているからです。

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2006年7月24日 (月)

動画で見る100人の村

是非,見て下さい。

http://www.oasisjapan.org/100nin.html

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2006年7月22日 (土)

主体性の回復~mixi疲れから心理学を考える?~

「mixi疲れ」を心理学から考える
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060721-00000069-zdn_n-sci
という記事が7/21のYahooに載っていたので読んだ。

たとえば,「私は朝起きることができない」とか,「私はお酒をやめることができない」など,「私は○○ができない」と考えて,クヨクヨしたり,落ち込んだり,自己嫌悪に陥ったりすることがあるでしょう?「私はmixiを5分たりとも見ずにいることができない」などという人もいるでしょう。
まあ,自己嫌悪に陥るくらいで留まれば良いのですが,あまりそういう思いにとりつかれていると,病理の側面も出てきます。

とにかく大事なことは,無理をせずに休むことや,「早めに弱音を吐くこと」だと思います。そうすれば,上記リンクの記事中にあるような,「多くのマイミクと交流している人が、コミュニケーションに疲れ切ってmixiを突然辞めてしまう」なんてことは減るのだと思います。

さて,こんな抽象論を書いたところで意味ないですね。そこで,今日は私は知っている「主体性回復のワーク」を紹介してみます。

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2006年7月21日 (金)

ネイチャーゲームat聖園子供の家(下見編)

6日ほど前になりますが,聖園子供の家に行ってきました。
聖園子供の家は,いわゆる児童養護施設です。
勤務校の生徒一緒に毎月一回遊びに行っているところです。

さて,今回行った目的は,遊びに行ったのではありませんでした。

ここの児童養護施設で,ネイチャーゲームを実施する計画を立てているのですが,
その下見です。

ネイチャーゲームは,本来,創始者のジョセフ・コーネル氏はシェアリング・ネイチャー・ウィズ・チルドレンと呼んでいたもので,まさしく,「子供と一緒に自然を分かち合う」ということです。そして,この自然の「分かち合い」は換言すれば,参加者同士(この場合,子どもたち)が,自然の中で,一緒に何かを発見するという体験と喜びを共有することとなりますから,これは,よりよい人間関係,友だちづくりに大変有効です。

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2006年7月13日 (木)

向こう岸に渡ろう

「向こう岸に渡ろう」
これはマルコ福音書4章35節に書かれているイエスが弟子たちに言ったの有名な言葉である。
私がこの言葉を烈しく意識したのは1998年のちょうど今頃のことだった。
当時はカトリック学校教育委員会が主催して,『カトリック学校教員教職員黙想会』というのが行われていた。
諸事情より残念ながら2000年頃からは行われていない。

その黙想会に私は参加したのだが,その中で何日目か(全日程は3泊4日だった)にイエズス会師の指導司祭が,この箇所をヒントに黙想するよう導いてくれた。

2週間以上経つが,6月25日のミサの福音朗読箇所がそこだった。日本聖書協会新共同訳より引用する。

その日の夕方になって,イエスは,「向こう岸に渡ろう」と弟子たちに言われた。そこで,弟子たちは群衆を後に残し,イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。激しい突風が起こり,舟は波をかぶって,水浸しになるほどであった。しかし,イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして,「先生,わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と言った。イエスは起き上がって,風を叱り,湖に,「黙れ。静まれ」と言われた。すると,風はやみ,すっかり凪になった。イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」弟子たちは非常に恐れて,「いったい,この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか」と互いに言った。(マルコ福音4.35~41)

「向こう岸に渡ろう」
これこそカトリックの生き方だ。
つまり,

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2006年7月10日 (月)

メンテナンス中

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ココログでは,7月11日午後2時~13日午後2時まで,48時間ものメンテナンスが実施されます。

その間,記事は読めますが,
皆様からのコメントおよびトラックバックが受け付けられません。

お手数ですが,コメントおよびトラックバックは,上記の時間を避けてお願いします。

情報は
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などをご覧下さい。

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ツールの発展がスキルを退化させる。ならば・・・

ツールの発展がスキルを退化させる。
このことが,あらゆることについて言えることを歴史が物語っている。
たとえば,写本。
私はこういったことは門外漢であるが,おそらく15世紀のグーテンベルクの活版印刷の発明が始まりで
徐々に衰退していったのだろう(か? 世界史の先生,大きく違ったら訂正を)。
でも,これは徐々にであったのだと思う。

15年くらい前だったと思うが,数学の恩師が中国の,どこか忘れたが,北京ではない地方の大学に特別講義に出かけた後,次のような話をしてくれた。
毎日,講義が終わると,我先にと学生が教壇に押しかけてきて,
何でも良いから何か教科書(英語で書かれているものと聞いた)を一冊貸してくれとせがむのだという。
そして,必ず明日の講義までには返すからと約束して貸してくれと頼んでくるとのだそうだ。
私の恩師の先生は,(またすぐ手に入るのので,それほど貴重な教科書ではないせいもあり)快く貸したそうだ。
しかし,明日まで貸したところで,どうにもならないのにと最初は内心思ったそうだ。
さて,貸した学生は,一人残らず,翌朝の講義開始前には,その先生に篤くお礼を言って教科書を返すそうだ。
そして驚くべきことに,(その先生から聞いた話によると)どの学生も一人残らず,びっしりとノートにその教科書を書き写しているそうなのである。
「徹夜で写したので,眠い」と笑いながら口々に言いながら・・・。
もちろん,日本のようにコンビニにコピー機などない。15年前の話だが中国の田舎にはコンビニがない。
それどころか,その先生は,駅から大学まで馬で行ったそうだ。
15年経ったが,今その町や大学はどんななのだろう?

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