ツールの発展がスキルを退化させる。ならば・・・
ツールの発展がスキルを退化させる。
このことが,あらゆることについて言えることを歴史が物語っている。
たとえば,写本。
私はこういったことは門外漢であるが,おそらく15世紀のグーテンベルクの活版印刷の発明が始まりで
徐々に衰退していったのだろう(か? 世界史の先生,大きく違ったら訂正を)。
でも,これは徐々にであったのだと思う。
15年くらい前だったと思うが,数学の恩師が中国の,どこか忘れたが,北京ではない地方の大学に特別講義に出かけた後,次のような話をしてくれた。
毎日,講義が終わると,我先にと学生が教壇に押しかけてきて,
何でも良いから何か教科書(英語で書かれているものと聞いた)を一冊貸してくれとせがむのだという。
そして,必ず明日の講義までには返すからと約束して貸してくれと頼んでくるとのだそうだ。
私の恩師の先生は,(またすぐ手に入るのので,それほど貴重な教科書ではないせいもあり)快く貸したそうだ。
しかし,明日まで貸したところで,どうにもならないのにと最初は内心思ったそうだ。
さて,貸した学生は,一人残らず,翌朝の講義開始前には,その先生に篤くお礼を言って教科書を返すそうだ。
そして驚くべきことに,(その先生から聞いた話によると)どの学生も一人残らず,びっしりとノートにその教科書を書き写しているそうなのである。
「徹夜で写したので,眠い」と笑いながら口々に言いながら・・・。
もちろん,日本のようにコンビニにコピー機などない。15年前の話だが中国の田舎にはコンビニがない。
それどころか,その先生は,駅から大学まで馬で行ったそうだ。
15年経ったが,今その町や大学はどんななのだろう?
さて,本題。
ツールの発展がスキルを退化させるで思い出すのは,
コミュニケーションスキルである。
ここ十年でこれほどツールが発達してしまったものはない。
電話が一家に一台固定電話の時代から,個人持ちのポケベル時代(本来のビジネスユースよりも女子中高生に大流行した。携帯の普及によりほとんど跡形なく消えた)を経て,
一人一台の携帯時代になった。
活版印刷の普及と較べること自体ナンセンスかもしれないが,
確実に人々の生活と,その積み重ねである人生に影響を及ぼしている。
その利用法は,かけたいときにかけてその「時を共有して」用件を済ます時代から,
メールや留守電機能を優先して,受けたいときに受けて,相手を選択して,さらに用件を見てから返信するといった使い方が主流となっている。
「双方向通信」の時代から,「単方向発信」の遣り取りの時代となったのだ。
言い換えれば,ほとんどリアルタイムでは相手の発信を受けていない。
厳密に言えば,時間を共有していない。このことは,
コミュニケーションの本質を考えるにあたってこの変化は見過ごすことができない。
そこで,リアルタイムで双方向の遣り取りを体験させる場が必要となる。
それは今のところ家庭と学校以外にはない。
この問題を学校は家庭任せにしてはいけないし,
家庭は学校任せにしてはいけない。
「伝えること」と「聴くこと」。
これを体験させる機会を学校教育の中にどうしても取り上げたい。
なぜなら,学校は,塾や習い事と異なり,拘束時間や集団固定時間も長く
さまざまな真の意味で集団生活を体験する初めての場だからである。
いわば,子どもたちが所属する最初の社会だ。
私は普段から学校をそのような場として捉えている。
もちろん,第一義はきちんと授業を成立させることである。
そういった意味では,良い授業を成立させつ良い教師になりたいと思う。
もう教員生活の半分以上を過ぎてしまったが,
退職する前日まで,明日は今日より良い教師になることを目指したい。
(この辺り,今日,グループ・プロセスに関する研修のプロ・コーチとお茶を飲む機会があり,
マジスさんは最終的にはどうなりたいの?と聞かれ,意識化した。)
さて,本題中の本題。
「伝えること」と「聴くこと」。
このことの必要性と良さは体験によってしか身につかない。
「人の話をよく聴くこと」なんて子どもたちに言ったところで,これは何も言っていないのと同じ。
「話し合いなさい」と言ったところで,これは「話すのが得意な者は話し続け,
話すのが苦手な者は,他人の意見の言うとおりにしなさい」と言っていることと同じ。
しばしば,強者の理論(意識できていない場合が多いが)で対人関係・教育を考え語る人は,
「それは言えない奴が悪い」と言う。
しかし,そういう論理は学校では通してはいけない。
話すのが苦手な生徒に,話す機会を与え,話を聴いてもらえることの良さや
話すことによって得られる自他の変化と,属するグループの獲得する喜びを体験させることが教育に残された数少ない可能性なのだ。
さてそこで,ツールの発達によって,かつては持っていたはずのコミュニケーション・スキルをもう一度耕す方法であるが,
ツールの発展によって低下してしまったスキルを呼び覚ますには,実に単純だが,ツールに制限を加えることである。
たとえば,まだ今年度は実施していないが『よいところをさがそう』(國分康孝監修『エンカウンターで学級が変わる・高等学校編』図書文化1999年)というエクササイズがある。
やり方は,
(1)最初に少し時間を与えて自分の良いところを5つくらい思い浮かばせる。
(2)次に2人組を作って相手の良いところを言葉を使わずにジェスチャーで伝える。
(3)数分経ったら役割を交代する。
(4)互いに伝えあったら,違う2人組を作り,(2)と(3)を行う。
(5)何回か2人組を作り直し,同じように相手の良い点を,言葉を使わずに相手に伝える。
こんな具合である。
これが割と上手くいく。もちろん,リーダー(ファシリテーター)のリード(ファシリテート)に左右される。
しかし少なくとも,
「2人組を作って,お互いに良いところを伝え合いましょう」なんて言うだけよりは伝え合う。
相手の胸を指し,ハートマークを作ったり。
これ,あなたは心が温かいと言いたいのでしょうね。
相手の頭を指して,指の親指と人差し指をつかってグッドのサインを見せたり。
これ,あなたは頭脳が明晰って言うことなんでしょうね。
このエクササイズでは,伝えられた方も,声を出してはいけないこととし,
なんとかジェスチャーで,「分かった」とか「もう一回伝えて」とか「ええそうなの?」とかのポーズを取ってもらう。
このエクササイズは,言語という一つのツールを遮断しただけ。
しかし,それによって,普段伝えられないことを伝え,また,
言葉で言われたのでは受け入れられないような有り難いメッセージを受け取ろうとする。
なお,一番最初に,自分の良いところを5つくらい思い浮かばせる<上記(1)>のは,
後から他人から良い点と伝えられたときに,同じことが伝えられれば,
「ああ,やっぱり自分が考えていた通り」・・・(ア)
と思える。違っても
「ああ,自分では気がつかなかったけれど,そんな良い点もあるんだ~」・・・(イ)
と感じられる。どっちに転んでもシメた!である。
5つ思い浮かべてもらっておけば,大抵(ア),(イ)の両方が他人から伝えられる。
しかも,上記(5)にあるように,ペアを何回か作り直すので,
同じ良い点が何度も伝えられることも期待できる。実際そうだった。
(注)これを実施するのはある程度知り合った学級等で行います。
私はこのエクササイズを,高1対象の合宿形式のキャリア・ガイダンスの導入(2回)と,
中1のクラスづくりの中盤で1回実施した経験がある。
このエクササイズも終わった後,みんながニコニコ顔になる。
もう少し書きたいのですが,1時を過ぎてしまったので,
今日はここまでにします。
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コメント
エクササイズ後みんながニコニコになった顔を
マジスさんがニコニコしながら見ているのが
目に浮かびます(=´ー`)
投稿 ちくわ。 | 2006年7月10日 (月) 03時43分
CTさま、おはようございます。
先日の私の記事にいただいた、お返事をこちらにさせていただきます。
私もプラスです。
そして、同じような状況になることもしばしばです。
イラっとします。
今月ココログはメンテナンスを実施するそうですので、その結果を待ちたいと思っています。
それと、MIXIとは、どのようなものなのでしょうか?
ブログみたいなものですか?
投稿 piyo | 2006年7月10日 (月) 07時18分
おはようございます
ブログの内容とは全く違いますが(ごめんなさい)
以前行われた文化祭?のエヴァの聖書との関連付けは
結局どうだったんでしょう?
私はエヴァと聖書との関連が全然分かりません
もしよかったらメッセージでもめーるでもいいので教えてくださいネ!
それではまた!
投稿 maria michaela | 2006年7月10日 (月) 09時39分
>>ちくわ。さんへ
ちくわさんが読んで下さって,
コメント入れて下さることがとても嬉しいです。
僕のニコニコ顔覚えているのですか?
でも,ずいぶん怖い顔もしていたでしょう?
今もよく叱ります。
投稿 ct | 2006年7月10日 (月) 13時10分
>>piyoさんへ
たまにしかアップしない(アップできない)記事に
早速コメントして下さってありがとう。
piyoさんもココログ・プラスですか。
イライラしますよね。
昨夜はもっと驚いたことが起きました。
ごく短時間だと思うのですが,
他人の投稿記事(コメントではありません)が,僕のブログの最初に載っていました。
まったく無関係な方の6月2日の記事がです。
急いで,ハードコピー(画面コピー)をとり,
それを添付してサポートに「なんとかしてください」とメールしました。
これほどひどいことは初めてです。
さて,mixiですが,
最近,maria michaelaさんも始められました。
mixiに参加するためにはすでに参加している人からの招待メールが必要です。
これによって,匿名性は低くなり,またある程度の質が保たれます。
それぞれ身元(招待者)がわかるような仕組みになっているため,
一般の掲示板のような誹謗・中傷・トラブルは少ないです。
一応,規約上は,問題ある招待を行った場合は,
招待者も退会させられるようです。
中は,各自のブログ(外部ブログ可。私はココログにリンクしています)と,コミュニティ(掲示板+イベント案内)からなっています。
あと,マイミクシィといって,ミクシィ内で友人の輪を作ることができ,
その人のブログが更新される度に,一人一人が自分の画面に表示されます。
参加しているコミュニティに記事が加わった場合も同様です。
また,mixi内でメールの遣り取りができます。
これはメーラーを使わないので,大変便利です(Webメールにやや似ているが,やっぱり違う)。
退会はいつでもできるしすべて無料です。
広告収入で成り立っているわけです。
もし,興味が沸いたら招待メールを差し上げます。
コメントを下さるときに,
メールアドレスを入力いただくか(これは管理者にしか見えません),
このページ右列上の方のメール送信ボタンをクリックして送信して下さい。
投稿 ct | 2006年7月10日 (月) 13時44分
ct さんへ
このテーマは、私ふうにいえば
「メディアが肥大化すればするほど、メッセージがやせ細る」ということかもしれません。
ちょっと違うかな?
まあ、このツールとスキルの関係は、電卓の普及が暗算能力の退化を招き、ワープロの普及が漢字を忘れさせ、さらに古くは自動車の発達が歩く能力を退化させるというのと同じでしょうかね。
投稿 mrgoodnews | 2006年7月13日 (木) 22時29分