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2006年9月27日 (水)

ぼんやり

「ぼんやりする」

この言葉は,あまり良い意味で使われないことの方が多い。
「ぼんやりするな」という使い方がいちばん多いのかもしれない。
「ぼんやりしていたら大事なことをやり忘れた」なんて言い方も耳にすることがある。
だけど,「ぼんやりする」ことによって得られるものって実は多い。
忙しく動き回っていると気がつかない「何か」が聞こえたり,「何か」に気がついたりもする。

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2006年9月25日 (月)

大切なことは・・・

大切なことを知るのは いつでも悲しみと引き替え

大切なことは いつだっていちばん後に気がつく

一行目は,昔,「フォークの神様」と呼ばれていた岡林信康さんの歌の歌詞の一部で,多分,今から20年以上前のものだと思う。熱心なプロテスタントの牧師の息子として育った岡林さんが30代の頃に書いたものだと思うが,この歌詞を聴いた二十歳を過ぎたばかりの私は,初めて悲しみというものの本性をみたような気がしていた。若かった私は,「それならば大切なことはできるだけ知りたくない」といつも思っていた。しかし,大切なことは少しずつ知らされる。その数だけ,やはり悲しみも数えてきた。この曲の題名は忘れたが,この一行の歌詞「大切なことを知るのは いつでも悲しみと引き替え」は始終脳裏に蘇る。ここでいう「大切なこと」は,たとえば,肉親の死であったり,愛する人が去っていくことであったり・・・,であった。

二行目は,中島みゆきさんの『後悔』という歌詞の一部。これはまだ6年くらい前の歌だと思う。日々迷いはあるけれども,「いつでもその時点で最後に気がついたことが大切なこと」。そのように私はこの歌詞を受け取っている。因みに前後の歌詞は全然覚えていないので,歌全体の中で解釈すれば,そうでないのかもしれない。しかし,私にはこの一行しか耳に残らなかったので,しかたない。

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2006年9月24日 (日)

「甲斐性なしで何が悪いんや」

昨日は、「頑張れ」という言葉について書いてみたが、もう一つ、気になる言葉がある。それは、「根性」とか、(それとセットで使われる場合の)「情熱」という言葉だ。正しい情熱は、正しい研鑽によって得られる。研鑽なき情熱を、私は暴力だと思う。また、根性という言葉は、なぜか中学生の頃から性に合わない。単に好き嫌いの問題程度かもしれないが・・・。もうちょっと考えてみたい。

IT関係のワーキングウーマン(関西在住)であるぴよさんは、ブログうつらうつらとまどろみながらの最近の記事「オレの話を聞け!」の中で、

「計画の遅れを把握するじかんがあったら、根性でやるんや。やれる!やるきになったらいける!」(マジスの補足:これは新しくチームを組んだメンバーの言葉 )ですって。。。 末恐ろしくなりました。星飛馬やないんやから。。。こんな進め方するから(略)病になる人がおおいねん。

と嘆いておられる。

HONDAの創始者・本田宗一郎氏の言葉。

理念なき行動は凶器であり、行動なき理念は無価値である。

私は、以前からこの言葉が好きだった。今でも好きである。特に、前半の「理念なき行動は凶器」という言葉はいつでもぼんやりと心の底に流れていたのだと思う。私は岐路に立った時、求める理念を確認し、とるべき行動を決めてきた気がする。

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2006年9月23日 (土)

慌てて口ごもる言葉

最近、去年の11月に書いた記事にコメントをいただいた。嵐風人さんという方からだ。嵐風人さんのブログ[ 天邪鬼のひとり言 ]を読ませていただいた。”「頑張って…」の一言☆人を傷つけるとは”という記事中の、

人によっては、立場上、(中略)なんとか無理して、笑顔を振りまいている人もいるでしょう。そんな時の「頑張って…」の一言は、暗い深い谷底あっても、懸命にもがき続けている人へ、なお一層、その生きるための動きさえ、封じ込めようとするかの如く聞こえるのです。

はまさにその通りだと思う。また、嵐風人さんは、「一緒に、頑張りましょう」という、一見、優しそうな言葉にも警告を発している。言われた側から見れば、「あなたは、調子が良いのでしょう。こちらはそうではないのです。」という場合があるからだ。

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2006年9月 4日 (月)

成功神話

昨日も書いた香山リカさんの連載記事。昨日書いたのは1週前の記事についてでしたが,昨日掲載されていた記事もまた,フムフム,そうそうと思いました。

「仕事だけが人生の価値基準ではないし,仕事で成功する人だけが幸せだという成功神話の復活もおかしい」
「私は,仕事の成功神話が強まっていく昨今に危機感を感じています」

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2006年9月 3日 (日)

「人の心はしゃれたことをする」

朝日新聞の日曜朝刊,朝日求人のページに精神科医の香山リカさんが4回シリーズで小さな(しかし中身は濃い)エッセイを書いています。私はこの記事を大変楽しみに読んでいます。8月27日のタイトルは「あいまいも悪くない」でしたが,サブタイトルのような形で「人の心はしゃれたことをする」と付けられていました。これを今日のブログのタイトルにしました。

次のような書き始めでこのエッセイは始まります。

チャレンジするのは大切なことであると,誰もが信じ込まされていますね。それは私も否定しません。でも,何度やってもどうしてもうまくいかないことってありませんか。自分の努力が足りない,あるいは方法論が間違っていると悩むかもしれません。精神医学の面から見ると,実は深層心理が,それをやりたくない,やめようとメッセージを送っていると読み取ります。たとえば目標を立てるたびに達成の一歩手前で挫折する。あと一息だったのになぜ達成できなかったのか。それは,意識と潜在意識とが異なる方向を指している可能性もあるのです。

なるほど,人の心はしゃれたことをしますね。

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2006年9月 2日 (土)

「幸せであるように」

中島みゆきさんの歌に「空と君のあいだ」というのがある。

♪空と君とのあいだには今日も冷たい雨が降る
君が笑ってくれるなら僕は悪にでもなる♪

っていうサビが良いのだけれど,この曲を槇原敬之さんが
カバーしているバージョンをたまたま聞いた。
そうしたら,しょっちゅう聞いている中島みゆきさんバージョンでは,
全然響いてこなかった次の歌詞が突然胸に飛び込んできた。

♪憎むことでいつまでもあいつに縛られないで♪

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2006年9月 1日 (金)

手で蛇をつかみ・・・

先月,10日間の完全黙想をしておりました。黙想会に行く前に,知人に,「黙想して少しはまともになって帰ってきます」とメールしたところ,「いや,まともになったら○○(マジス)ではなくなってしまうので,どうぞそのまま帰ってきて下さい」と返信が来ました。その黙想中に読んでいた聖書の中に,こんな言葉がありました。マルコ福音書の最後の方です。

信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊(あくりょう)を追い出し、新しい言葉を語る。手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。(マルコ16:17~18 日本聖書協会 新共同訳)

この言葉を読んだとき,すぐに思い出した人がいます。それはF神父様です。「信じるものは新しい言葉で語る」とありますが,F神父様がしてくださるお話は,いつも意表をつくような話です。それはまさに,深く新しい言葉です。

また,「信じるものは,毒を飲んでも決して害を受けず」とあります。この言葉もなたF神父様にぴったりの言葉です。つまり,普通なら他人から攻撃や誤解をうけると傷つき倒れるのですが,F神父様はその深い信仰によって,致命的な傷を負いません。このようなF神父様のことを,「あんなに強い人にはこれまでにお会いしたことがない」とおっしゃった知人もいます。

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