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2006年10月29日 (日)

「違い」

061029 イスラム圏の女性はブルカというかぶり物をまとっています。
イスラム諸国は暑い国が多いので,しばしば,
「あんなものをまとって暑かろうに。
早く自由主義やデモクラシーの時代が来れば良いのに。
そうすれば,あの女性たちも解放される」

と思ってしまいがちです。

しかし,この考えには大きな見落としがあります。
それは文化的背景の相違ということです。

ブルカはイスラムの女性にとって,単に外出着なのです。
これは単に,文化の「違い」に過ぎません。
ペシャワール会の医師中村哲氏によれば,
これを女性への抑圧だというのは,
突然やってきた外国人が,江戸時代の町を歩いている女性たちを見て,
こんなに太い布のベルトで何重にもぐるぐる巻きにするのは野蛮な習慣である
というのに等しいといいます。
(岩波ブックレットNo.673『アフガニスタンで考える』p.23参照)

私は,昨日,生活者大学校鎌倉分校が主催し,
北鎌倉の円覚寺塔頭・白雲庵で行われた
中村哲氏の現地報告会を聞きにいってきました。
その話を伺いながら次のようなことに改めて気付かされました。

私は,様々な「違い」を,善悪や優劣と考えがちではないか。

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2006年10月26日 (木)

追い風?

061026 いま読んでいる『グループの力を生かす』(C.S.L学習評価研究所 2005年)という本に,

どの港にはいるのかわからなければ,どの風も追い風にはならない

という格言が載っていた。人が進んで行くためには目標が必要であるということ述べている。
実に格好の良い格言だ。
まず,目標を定めなければ,人は進んでいくことができない。
ローマ時代のセネカという哲学者の言葉だそうだ。

読んだ瞬間,やっぱり先哲の知恵は素晴らしいと感銘を受けた。
というか,セネカってやっぱり詩人だなあと思った。

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2006年10月24日 (火)

こころの物語

人間の尊厳のうち,最も崇高なものは魂の自由だと思う。
人は置かれた状況によってあり方が決まるのではない。
むしろ,あり方のよって,置かれた状況の捉え方が違ってくる。
どんな時代であっても,流される人と変えようと思う人がいる。
どんな状況に陥っても,諦める人と改善しようとする人がいる。
どんな病気になっても,受け容れて病を友にする人と病を恨む人がいる。
・・・

そう。人の運命を決めるのは,環境的な体験ではなく,心的な体験だ。
今,弱っている人たち。
弱っている理由は,環境によってよりも心の問題ではないだろうか?

しかし,私はそれを悪いことだと思わない。
「心の問題」を抱えた人は,真面目な人多い。
そして,「心の問題」は,どこまでいっても「心の問題」だ。
環境が変われば改善されるかというと必ずしもそうともいえない。

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2006年10月22日 (日)

あいたくて

061022_1 昨日も引用した詩人・工藤直子さんの「あいたくて」。
この詩は,詩集『あ・い・た・く・て』(大日本図書 1991年)や左の写真・『工藤直子詩集』(角川春樹事務所 2002年)などに収められている。

昨日記事を書いた後で,ネット検索したら,非常に多くの人がこの作品について書いている。
ある人はブログで,ある人は教材研究として。
特に教材研究としてのページが多いのは,この作品が小学校6年生の国語の教科書に載っているからだ。アチコチのページに詩の全文が引用されている。これは,この作品が「現代の古典的」な作品となっているからかもしれない。教員によるものが多いので教材感覚で全文引用してしまったのかもしれない。どちらも当たっていると思う。しかし,それ以外に,どうしてもこの詩をみんなに知らせたいという気持ちが全文引用の多さに繋がったのだろう。

この詩の全体を通して読まれたい方は,たとえば,
『徳永一哉のホームページ』(サイト運営者との面識はありません。検索で見つけました)内の
http://www.synapse.ne.jp/kazuya/image1.gif
に全文の画像があるので,そちらをみていただきたい。

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2006年10月20日 (金)

低みに立つ

061020 昨日,ちょっと用事があって,(住まいのある市の)「中央公園」に行ってきました。
そこは,周辺の池や湿地帯も含めて,思っていた以上に素晴らしい場所でした。
写真の案山子もその公園の中なのか外なのかわからない田んぼに立っていました。

さて,この案山子とは全然関係のない話なのですが・・・。

同僚と二人でこの公園を散策(実は行事の下見)していたところ,小さな子供の泣き声が聞こえました。
同僚と二人で泣き声の方を見ると,なんと,2歳くらいの赤ちゃん(?)が,かなり急な崖を四つん這いで登っている,というか,登れないで泣いているところでした。

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2006年10月18日 (水)

はがれかけた鱗

061018 「1発も弾を撃たずイラクでの人道復興支援活動を完遂し、全員が無事帰国できてうれしい」
この言葉は,ある日本人が,約3ヶ月前に口にした言葉です。「戦死者ゼロ」とも報道されました。
私はとても驚いてしまったのですが,このことをリアルタイムでブログに書くことを躊躇しました。
なぜ,躊躇したのか。その答を,ある著書の中に発見しました。

日本のような国で流れに逆らってものを考え生きていくことは,とてもエネルギーを必要とする(高橋哲哉・斎藤貴男『平和と平等をあきらめない』晶文社 2004年 p.130)

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2006年10月17日 (火)

「欠けている」という恵み

061017_1 左の画像の上の段の漢字。普段あまり使いませんよね。特に最近はPC入力の時代なので,これらの漢字を手書きすることは滅多にありません。左から,かいこの作る「まゆ」,なぎなたの「なぎ」,植物の「にれ」,ひんしゅくの「ひん」,そして最後は魚の「かつお」です。多くの人にとって,読めるけれど書けない漢字ばかりです。

さて,漢字を覚えるときは,私が小学生の頃は,必死に書いて覚えました。正確には覚えさせられました。国語の教科書に出てくる新出漢字を,マス目入りの国語ノート(有名なのはジャポニカ漢字帳)に10回とか,20回とか書いて覚えるわけです。多分,今でもこの覚え方が主流なのだと思います。

しかし,実は他にも覚え方があります。

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2006年10月16日 (月)

『僕たちの戦争』

いま,担当している高1ゼミナール『自分とつきあう』という講座で,V.フランクルの『夜と霧』を読んでいます。囚人となった精神科医(著者)が内部から見た強制収容所体験記としてあまりにも有名な本です。この本は,アメリカ国内で数年前に実施された「100年後にも読み継がれて欲しい本ベスト100」の中で,7位にランクされているそうです。1位はもちろん聖書ですが,心理学・精神医学医関係の本では,この本が最高位だそうです。この本を読まれた方は納得すると思います。このブログを書いているのは自宅で,テキスト(本)は学校にあるため,正確な引用はできないのですが,その本の中に,(アウシュビッツ強制収容所のような)異常な状況に置かれた場合,異常な反応を示すのが正常なことであると書かれていました。

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2006年10月 4日 (水)

カイン

061004_1 きみは,油断しているとつい他人の期待にそおうとしてしまうだろう。それから自由にはなれないだろう?そのことで悩み続けているだろう?
僕の経験からすると,こういう人種とは異質な人種が地上にはおびただしく生息している。彼らは,他人の期待を無視できたり他人の期待を適当に振り払って生きていける,僕にとってはまことに不可解な人種だよ。

上の文章は中島義道著『カイン』(講談社 2002年)の第3章「なるべくひとの期待にそむく」からの引用です。(67ページ)

中島義道さんの本(リンク先は過去の記事)はたいてい発売されるとすぐに読むので,多分4年前に読んだのですが,この本には,人間には2種類の人種があると書かれているのです。その一方がカインの末裔で,他方が,アベルの末裔ということになるのでしょう。

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