« ぼんやり | トップページ | 「欠けている」という恵み »

2006年10月16日 (月)

『僕たちの戦争』

いま,担当している高1ゼミナール『自分とつきあう』という講座で,V.フランクルの『夜と霧』を読んでいます。囚人となった精神科医(著者)が内部から見た強制収容所体験記としてあまりにも有名な本です。この本は,アメリカ国内で数年前に実施された「100年後にも読み継がれて欲しい本ベスト100」の中で,7位にランクされているそうです。1位はもちろん聖書ですが,心理学・精神医学医関係の本では,この本が最高位だそうです。この本を読まれた方は納得すると思います。このブログを書いているのは自宅で,テキスト(本)は学校にあるため,正確な引用はできないのですが,その本の中に,(アウシュビッツ強制収容所のような)異常な状況に置かれた場合,異常な反応を示すのが正常なことであると書かれていました。

この箇所が含まれる章を生徒と読んだ(実は私がずっと朗読するというおそろしいことをやっています。「テキストを目で追うよりも,朗読を聴いた方が,印象に残る」という生徒たちの要望に応えて,今のところそうしています)後,分かち合ったら,この箇所が心の琴線に響いたという声がありました。私もそうでした。

ちょうど一月くらい前にTBS系で『僕たちの戦争』という森山未來主演のスペシャルドラマをやっていたので,その主人公を例に出して,これって本当だよねって話になりました。

平成17年から,アジア・太平洋戦争(第二次世界大戦)中にタイムスリップした主人公・尾島健太は,軍隊に入れられるのですが,敗戦やその後の日本の将来を知っているので,「絶対に死なないぞ」とずっと心に誓っています。昭和20年8月15日の「玉音放送」を聞いた後,健太には,沖縄戦において「回天」(いわゆる人間魚雷です)での特攻が命じられます。未来のすべてを知っている健太は,「回天」で出撃するものの,「絶対に死なないぞ」という意気込みで,米国軍艦のいる方向とは反対の方向へと操縦していきます。ふつうその場合,米国軍艦は追いかけてきて攻撃してくる筈なのでした。しかし,なぜか,健太の操縦する「回天」に米国軍艦は興味を示しませんでした。すると,「なんだコノヤロー」と思ってしまった健太は,なんと操縦する「回天」をUターンさせ,結局米国軍艦に突っ込み,特攻としての任務を遂行してしまうというものでした。

健太はフリーターという設定ですが,脚本家(原作は読んでいませんので,脚本家と書きました)は彼を,現在の日本の若者のシンボルとして描いていると,私は捉えています。そのシンボルである彼が,ひとたび戦争が起こると,特攻という使命を果たしてしまう。これが戦争の恐ろしさであり,フランクルの指摘する「異常な状況に置かれた場合,異常な反応を示すのが正常なことである」という事実の恐ろしさだと思います。

ちなみにこのドラマ,山田太一の『終わりに見た街』にもよく似ています。こちらの方の原作本には,

いったん戦時中の国民の一人として組み入れられてしまうと,何度もいうようだが,未来をどう知っていようと,正確な批判力があろうと,あまり役に立たず,周りの人と同じに死の危険にさらされてしまっているのだった(山田太一『終わりに見た街』中公文庫 p.167)

とあります。今回のTBS『僕たちの戦争』の最後には,「正しい戦争なんかひとつもない」というテロップが出ました

度々の登場となりますが,哲学者・中島義道氏は『カイン』の中で,

健全でまともな社会は,不健全でまともでないマイノリティ(少数派)を徹底的に排斥してきた社会である。少数派の呻き声が,いつしかかき消される社会である。恐ろしい社会なのだ。(中島義道『カイン』講談社 p.157)

と述べています。これはもちろん今日の社会を逆説的に皮肉ったものです。

今日付の朝日新聞朝刊第2面に政権党の役員の発言として「核保有の議論必要」という見出しが躍っていました。

|

« ぼんやり | トップページ | 「欠けている」という恵み »

コメント

『夜と霧』わたしの本棚にもあります
わたしは、たしか美智子皇后が読まれているというのを
どこかで聞きかじって、購入したと思います
確か父が亡くなったすぐだと思うので、7~8年前だと思います。
内容をすっかり忘れたので、ctさんの記事からまた読み返そうと思いました。

投稿: lucia | 2006年10月17日 (火) 19時14分

>>luciaさん
コメントありがとうございます。
『夜と霧』を7~8年前に購入されたとのこと。
そうすると,霜山徳禰訳ですね。
2002年に,同じ出版社(みすず)から,
池田香代子訳も出ましたが,私は
霜山訳の方が好きです。私がこれを読んだのは,
大学の頃,『人間学』という授業のレポート課題として読みました。
1982年のことです。
あれから,24年も経ってしまいましたが,
教材として取り上げるのは,今回が2度目です。
一回目は,以前の勤務校の総合学習『人間を考える』という講座で使いました。
今回は,高1ゼミナール『自分とつきあう』という講座です。
この2つの講座の名前を見ると,
私の関心が,一般的な『人間』から,より特殊な『自分』へと変化してきたなあと思います。

美智子皇后の愛読書といえば,他に
神谷美恵子さんの著作が有名ですね。

フランクルの読者層と神谷美恵子の読者層って,
かなり強い正の相関関係がありそうです。

投稿: ct(MAGIS) | 2006年10月17日 (火) 19時45分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136539/12311999

この記事へのトラックバック一覧です: 『僕たちの戦争』:

« ぼんやり | トップページ | 「欠けている」という恵み »