山と蟻の中間として生きる
先日,担当している中一生徒諸君と遠足に行きました。
行った場所は鎌倉中央公園。
この公園は,一部,人工的に整備されているものの,
大部分は公園になる前のままの自然が保存されている素晴らしい公園です。
生徒達は大喜びで泥だらけになって,缶蹴りや隠れんぼをして遊んでいました。
学校も自然環境に恵まれているのですが,
ここには「校舎」という人工物がありませんから,
生徒はより童心に帰って楽しめたと思います。
また,往きは住宅街を中心とした舗装道を通って歩いて行きましたが,
帰りは,崖を登ったり,沼の横の湿地帯を歩いたりと,
歩くだけで自然を感じられる道を選んで歩きました。
さて,冒頭の写真ですが,これらは,『カモフラージュ』という
シェアリング・ネイチャー(日本ではネイチャーゲームと言います)をやって最中の生徒の様子です。
これは,次のようなアクティビティです。
- 事前に20メートルくらいのコースを決め,リーダー(教員)がコース内に「人工物」(後述)をセットしておきます。コースにはわかるようにロープを張っておき,一端をスタートともう片方をゴールと決めておきます。
- 生徒をロープから少し離れたところに集め,次のようにルールを説明します。
- 「ロープのそばに,本来はここ(公園の藪)にあるはずのない人工物がいくつか置いてあります。それらはだいたいロープの向こう側でそんなに遠くないところにあり,高さは地面からだいたいみんなの身長くらいの高さまでの範囲にあります。これから一人一人ロープにそって歩きながら,それらを探して下さい。そしてゴール地点に先生がいますから,他人に聞かれないようにそっと何個あったか教えて下さい。そうしたら,当たっているとか,まだ足りないとか,何らかのコメントをします」
- さらに,次のことを強調します。「これはゲームですから,次のルールを守って下さい。①ゲームの最初から最後までしゃべらない。②見つかっても他人に気付かれないようにする。つまり,見つかったものを指さしたりしない。③ロープの向こう側,つまり人工物が置いてある側に手を出さない。触らない。④スタートは一人一人の間隔を開けて行うが,自分のペースに合わせて歩いて良い,つまり,前の人を抜かしても構わない。しかし,後戻りはしてはいけない(経験上,後戻りすると何個あったかわからなくなってしまう)」
こんな感じです。
このゲーム,クラス毎に時間帯をずらして2箇所で行ったので,各回二十数名ずつでした。
冒頭の写真は活動中の様子です。実際に隠しておいたものは,右の写真にあるように,
造花,洗濯ばさみ,モール,鉛筆,コム製の昆虫のおもちゃ,定規,貝殻のおもちゃ,キャベツのおもちゃ,中国の老人の像,プラスチックでできたリーフ,プラスチック製の動物の小さなおもちゃ,レモンのおもちゃ,おもちゃのメダルなど,合計12個~16個(回毎に多少数を変えました)です。冒頭の赤いあTシャツを着た生徒の目の前にキャベツのおもちゃが見えるでしょう?なお,これらの人工物はだいたい100円ショップで揃えたものです。
さて,ゲームの結果,つまり,隠してある15個前後の人工物のうち,(隠し方にもよるのですが,今回の場合)1度だけロープ沿いに歩いて来ただけで探せる数は,だいたい,6個から11個くらいです。中には3個くらいしか見つけられない生徒もいますが,100人に一人くらいは1回目で全部見つけます。
さて,1回目で全部見つかった生徒以外には,「う~ん,あと少し」とか,「う~ん,半分は超えている」とか,「いや~,まだまだあるぞ」などとコメントして,「ではもう一回だけチャレンジしてごらん」とコメントします。すると,生徒は,もっと探してやろうという気持ちになり,2回目はより注意深く目を凝らして人工物を探します。そして,たいていの生徒は1回目より多く人工物を探し出します。あと,一つか二つ見つからないという場合が多いようです。というよりも,見つけずいもの,今回の場合,見つけづらいものとして,地面に指した緑(つまり草と保護色)の鉛筆と,茶色い中国の老人の像(これも地面と保護色)の二つセットしておいたのです。
さて,このゲームの目的ですが,もうお分かりだと思いますが,本来その環境にないものを見つけさせるということは,本来のその環境にあるべきものと区別をさせるということであり,もっと言ってしまえば,そこの環境そのものをじっくりと観察させることです。したがって,人工物をたくさん見つけられた生徒は,実は人工物をみつける目を持っているのではなく,自然を見る目が肥えている生徒です。
したがって,このゲームはシェアリングが面白いのです。「実際には興味深いものが何か見つかった?」と聞くと,次のような意見が出ます。今回の場合の二つの例を挙げてきます。「カマキリの卵を見つけた」,「バッタがいたのだけれど,あまりにもきれいなので,プラスチックのおもちゃかと思った」。この生徒にとってはバッタのきれいさに気付いたことがこのゲームをやった最大の収穫です。
このゲームは米国のナチュラリスト,ジョセフ=コーネルさんが考案したものです。
コーネルさんは「自然への気づき」をテーマにいろいろなアクティビティを開発している人です。
このゲームでは,「保護色」とか「適応」ということを生徒が自然から学べれば良いわけです。
まあ,そこまでいかなくても,自然環境をじっと見てくれれば,それでも大きな意味があります。
自然を崇高なものと考えるインディアンの格言を紹介したいと思います。
ひとは山と蟻の中間だ。(オノンダガ族の格言)
人は自然のごく一部に過ぎないことを見事に言いあらわしていると感じます。
そして,もう一つ。
どんな動物もあなたよりずっと多くを知っている。(ネズパース族の格言)
真実だと思います。
※ 引用はどちらも,エリコ・ロウ『アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉』(扶桑社)より
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