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2006年11月 7日 (火)

「何があっても大丈夫!」

タイトルは,連休中に参加した,あるワークの基調となっていた大前提の言葉です。
このワークは宗教的にはニュートラルなものだったのですが,
私自身はカトリックの信者なので,この言葉を聞いて,
「神の愛」を思い出さないわけにはいきませんでした。

カトリックのイエズス会の『せせらぎ』というサイトの中に
愛しているなら」というページがあります。
是非,見ていただきたいのですが,
ブラウザーによっては見られない場合もあるようですから,
要約を書いておきます。
(でもお読みになる前に,是非「愛しているなら」をクリックして下さいね)

あるおじいさんが怪我をして医者に行きます。
順番を待っていたおじいさんは医者に早く診てくれるように頼みます。
理由は,おじいさんは,早く帰って,
年老いた奥さんと一緒にコーヒーを飲みたいというものでした。
おじいさんと奥様であるおばあさんは
毎日決まった時間に一緒にコーヒーを飲む習慣があったのです。
そんなおじいさんに,若い医者は言います。
「奥様はもう呆けているので,遅くなっても大丈夫でしょう」
するとおじいさんは言いました。
「確かに妻はアルツハイマーが進み5年前から私が誰かもわからなくなりました。
しかし,私は妻をよく知っているのです。
だから早く帰って一緒のコーヒーを飲みたいのです

愛するってこういうことなんだなあと思います。

さて,キリスト教は愛の宗教だと言われます。でも,その愛ってどんなものでしょうか?
日本にキリスト教が伝わった頃,キリスト教の「愛」は「ご大切」と訳されたそうです。
上に要約した「愛しているなら」の,おじいさんがおばあさんを思う気持ちは,
このキリスト教の愛を分かり易く伝えていると思います。

神様は,このおじいさんのように,一人一人を大切に愛されているのだと思います。
おばあさんのように,年老いて何もわからなくなっても,
あるいは,若すぎて何もわからなくても,
あるいは,頑なで何もかも拒絶しても,
神様は無関係に人を愛して下さっているのだと思います。
おじいさんが,何もわからなくなったおばあさんと一緒にコーヒーを飲みたがるように,
神様は,私とも,あなたとも,一緒にコーヒーを飲みたがっている。
そう,一緒に生きて下さろうとしている。

だから,

何があっても大丈夫!

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コメント

こんばんは。
とってもいいお話ですね!
相手が自分のことが分からなくなってしまっても、自分はよく知ってる。神様も、みんな平等に愛してくれてる・・・。
なんか、うまく言えませんが、生まれたての赤ちゃんに無償の愛を見返りとか関係なく、一生懸命お世話をしたりと、母親がそそいでるのと似てるなあ。って思いました!
 私自身も、子供を持って、改めて、人を愛することや思いやりなど、学校で学んだことを思い出す日々です。
なんだか、うまく文章にならず、すみません・・・。
 

 

投稿 koto | 2006年11月 7日 (火) 21時07分

>>kotoさんへ

コメントをありがとうございます。

>生まれたての赤ちゃんに無償の愛を見返りとか関係なく、一生懸命お世話をしたりと、母親がそそいでるのと似てるなあ。って思いました!

まさに,その通りで,神さまの愛に最も似ているのは,
kotoさんが書いておられるような母の愛であると言われています。

>私自身も、子供を持って、改めて、人を愛することや思いやりなど、学校で学んだことを思い出す日々です。

kotoさんのmixiの日記をしばしば拝見させていただいていますが,
ミイタンをとても大事に,愛して育てている様子が伝わってきます。
それに,子供を持つことによって,親も共に成長するわけですね。
「親年齢?」(=親の経験年数)は,子供の年齢と同じですからね。
僕も親としては,まだ青春期ですよ。

投稿 ct(MAGIS) | 2006年11月 9日 (木) 16時48分

何があっても大丈夫!
いつもそう思うことができたら どんなに楽だろう
街には 心地良いそよ風ばかり吹くわけではない
ヒヤッと肌をさすような冷気
湿気を帯びた不快な風
思わず襟を立てるような突風
横殴りの風雨

いろんな風にあたって悩み 傷付き 迷う
人はずるいから
その風をよけたり防いだりするけれど
突風に真正面からぶつかって行ったら
そう思うことができるようになるだろうか

私は いつも迷い 決心してはまた風にあたり 悩む

どんな突風が吹いても倒れないよう
しっかり大地に立っていたい

投稿 lei | 2006年11月10日 (金) 20時34分

キリスト教の「愛」は「ご大切」
なるほど......

よいお話しを、ありがとうございました。

投稿 Dr.すずき | 2006年11月10日 (金) 21時30分

>>leiさんへ

初めてのコメントをありがとうございます。
なのに,このコメントを書き込むのに
一週間も過ぎてしまいごめんなさい。

leiさんは,人生を生きぬくことを,
風に吹かれることにたとえて語ってくださっていますね。

ボブ・ディランの『風に吹かれて』,
はしだのりひこの『風』,
山田パンダが歌った『風の街』などを思い出しました。
あと,吉田拓郎の『ひとり想えば』という歌の中の,
「風の中 あとひとときか
風の中 もうひと想い」
という歌詞を思い出しました。

それにしてもこの一週間は日本列島に大風が吹きまくりましたね。
特に北海道では大変な被害が出てしまいました。
日本では史上最大・最悪の竜巻だったようです。
11月になってもいつまでも暖かい。
人にとって楽ではありますが,
このことはおそろしい自然の「狂い」ですね。
人間が「頑張って」自然を壊してしまった気がします。
その壊れてしまった自然が,人間を襲い始めました。

投稿 ct(MAGIS) | 2006年11月14日 (火) 20時41分

>>Dr.すずきさま

こちらのページを見て下さり,
コメントをありがとうございます。

>キリスト教の「愛」は「ご大切」
>なるほど......

はい。
イエズス会のフランシスコ=ザビエル達は,
日本人にキリスト教を宣教した頃(いわゆるキリシタン時代),
ラテン語のcaritas(愛)を,「ご大切」と訳しました。
具体的には,
「神は愛である」を
「神様は,一人一人の人間を大切に思っておられる」という風に
語ったと言われています。

これからもよろしくお願いします。

投稿 ct(MAGIS) | 2006年11月14日 (火) 20時58分

自然破壊・・・
人間は日々の忙しさ、楽しさの中で、自然破壊、
いや地球破壊についてどれだけ意識しているのでしょう?
11月14日の朝日新聞に、化学肥料を使う農地からの温暖化ガス
発生増加について書かれていました。
地球温暖化。これは、人類の永遠のテーマであり、
今すぐ行動を起こさないといけない重要課題ですよね。
市民一人一人、そして地球規模で・・・

先日の竜巻被害もそうです。
季節はずれの台風、局地的な豪雨、
世界規模で起こっている洪水、
海水温度上昇による海の生態系の異常、
クマの異常な出没、・・・・・
全て温暖化のせいです。 
なんだか、書いていて恐ろしくなってきました。

京都議定書においては、Co2の最大排出国の米国が
批准を拒否しています。なぜなのでしょう?

天に唾をはいた私たち。
きっと天から人類滅亡という唾が降り注ぐ・・・

私は主婦なので、エアコンの設定温度を気をつけるとか、
ゴミを減らすとか、なるべく車を使わないとか、
できる事は限られていますが、地球の為にがんばろうと
思います。

投稿 lei | 2006年11月15日 (水) 17時23分

元のページも拝見しました。
とてもいいお話ですね。
結婚したくなりました。

投稿 piyo | 2006年11月16日 (木) 21時57分

>>piyoさんへ

元のページ,良いでしょう!
>結婚したくなりました。
あんな老夫婦になれたら良いですね。

投稿 ct(MAGIS) | 2006年11月16日 (木) 22時01分

はじめまして。
あちこち検索していてたどりつきました。
元のページも拝見させていただきました。
とってもいいお話ですね。
夫にも「いい話だから」と見てもらって二人で
「こんな夫婦になれたらいいね」と分かち合うことができました。
ありがとうございます!

投稿 ソラ | 2006年11月26日 (日) 00時02分

>>ソラさん

コメントをありがとうございます。

>元のページも拝見させていただきました。
>とってもいいお話ですね。
>夫にも「いい話だから」と見てもらって二人で
>「こんな夫婦になれたらいいね」と分かち合うことができました。

ああ,それは良かった!
こういうコメントをいただくと,ブログを書いていて良かったなあと思えます。
だから,ソラさんご夫妻に感謝です!!

ブログ「みぜれれ」を私のブログのブックマーク(右列をご覧下さい)に加えさせていただきました。
差し支えがあるようでしたらご連絡下さい。
ここに書いて下さっても,右列上方の「メール送信」どちらからでも結構です。
今後とよろしくお願いします。

投稿 ct(magis) | 2006年11月26日 (日) 17時18分

こんばんわ。
私のブログのようなつたないものを、ブックマークに
加えて下さってありがとうございます!
まったく差し支えありません。
むしろ、ctさんのようなカトリックの先輩にブックマークして
いただけるなんて光栄です。

まだまだ足のつまさきが入るか入らないかくらいのひよっこゆえ、
たまに(しょっちゅう?)へんてこな発言を
するかもしれませんが「こらこら」とツッコミを入れて頂けると
ありがたいです。
それでは、こちらこそよろしくお願いいたします。

投稿 ソラ | 2006年11月27日 (月) 19時52分

>>ソラさんへ

キリストが望んでおられることは,
いつも「新しい人」として生きることなのだと思います。
ですから,ことキリスト教信仰に関していえば,
新しい信徒や求道者が古い信徒から学ぶべきことより,
古い信徒が新しい信徒や求道者から学ぶべきことの方が多いのではないでしょうか。
そういった意味においては,ソラさんからむしろ「ツッコミ」を入れていただければと思います。
何しろ授洗20年以上経ってしまって,「ボケ」となっていますから。

投稿 ct(magis) | 2006年11月28日 (火) 00時13分

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