「病」を排除する効率主義への警告
今日の朝日新聞の「読書」のページで,精神科医の香山リカさんが,『生命と現実』(河出書房新社)という本の書評を書いていました。私は気になってはいるものの,まだこの本を読んでいません。精神病理学者・木村敏氏と哲学者・檜垣立哉氏との対談本です。香山リカさんによるその書評のタイトルを,そのまま今日のブログのタイトルとしました。
香山リカさんは,書評の最後を次のように締め括っています。
「症状はすべて生体にとって,意味のある反応である」。
これは,「病であること」をマイナス要因として
とかく排除しようとする効率主義的な現代社会への
大いなる警告でもあろう。
これを読んで私は,「肯定的意図」という言葉を思い出しました。
先月,あるワークで学んだ考えで,
表面的には,どんなにマイナスな行動や症状にも,その裏側,
というか深層部には肯定的な意図があるというものです。
20世紀の偉大な心理療法家の一人に数えられるミルトン・エリクソンが
来談者と関わる際に,前提としていた重要な考えです。
たとえば,喫煙をやめたい人がいるとします。
その人に,「煙草は体に悪いからやめるべきです」と言っても,なかなかやめられるようなものではありません。
彼が煙草を吸う原因は,彼の健康に対する関心とは実は無関係だからです。
わかりずらいかもしれないので一つ例を挙げてみます。
実際に似たようなワークを行ったのですが,
思いっきり単純化して書きます。
Aさん:煙草をやめたいのですが,やめられません。
私:はあ,煙草をやめたいのですね。
Aさん:はい。でもやめられないのです。
私:やめられないのですね。
Aさん:はい。
私:でもやめたいのですね。
Aさん:やめたいです。
私:煙草を吸うとどんな気持ちになりますか?
Aさん:ホッとします。
私:ああ,ホッとするのですね。では,ホッとするとあなたはどうなりますか?
Aさん:ああ,またやるぞ!という気持ちになります。
私:ああ,またやるぞ!という気持ちになるのですね。
Aさん:はい。
私:では,あなたは,なぜ,またやるぞ!という気持ちになりたいのですか?
Aさん:う~ん。成長したいからです。
私:なるほど,Aさんは成長したいのですね!
話のプロセスを端折りすぎたので,ピンと来ないかもしれません。
実際には,「ホッとする」から「成長したい」という気持ちを話していただくまでに,
他のことにもチャレンジしたいとか,
いろいろな人と知り合いたいとか,
学んだことを人に伝えたいとか,
様々な思いを話していただきました。
しかし,最終的には,Aさんの喫煙という
表面的にはあまり感心しない---少なくとも本人はやめたがっている---
否定的な行動の根っ子には,
成長したい!という肯定的意図が隠れていたのです。
このようにこころの深層部に肯定的意図があっても,
表面的には「喫煙」という歪曲された形で出現したわけです。
もちろん,実際はこれほど単純ではなくて,
深層部の複数の肯定的意図が絡み合って,
表面的にも複数の行動や症状となって現れます。
もちろん喫煙はほんの一例です。
飲酒,ダイエット,昼夜逆転,不登校,出社拒否,悪口,・・・・。
歪曲された形となって現れたこれらの行動や症状にも
それらが引き起こされざるを得ない肯定的な意図が
こころの深層部には存在することを,私もずいぶんみてきました。
そんなわけで,今日の香山リカさんの書評中の,
「症状はすべて生体にとって,意味のある反応である」(木村敏)
に私はとても納得しました。
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136539/12745711
この記事へのトラックバック一覧です: 「病」を排除する効率主義への警告:
コメント