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2006年11月17日 (金)

メッセージ

私の住む街に,とあるラーメン屋さんがある。
このラーメン屋さんはもう何十年もこの街で営業していて,
地元の人にとっては,知る人ぞ知る店であったらしい。

ラーメン好きの私も,この街に引っ越してきてから,
いろいろな人から聞いて,その店に行ってみた。

正直言って,美味しくなかった。

その話を,ラーメン好きの元同僚である先輩教師に言ったら,
「その通り。今は全然美味しくない」と仰っていた。

つまらない話だが,良くある話でしょう?
テレビとかで紹介されると,
料理店なら,ほぼ100%その店の味は落ちる。
美容院なら,ほぼ間違えなく腕が落ちる。

今日読んでいた本に,

人が自分に注目してくれることが嬉しい。
そこで自分を見失う。
(加藤諦三『心の休ませ方』PHP文庫)

と書いてあった。
確かに,人から注目されることが嬉しい場合がある。
しかし,これは本当に要注意だ。

味が落ちた料理店,腕が落ちた美容院,かつては日本の誇りといわれた電機メーカー。
それらは,どれも上記の引用の社会的な実例だと思う。

人物も同じ。
今,テレビで引っ張りダコの芸能人,霊媒師,ヒーラー,・・・。
1年後,3年後,5年後に誰が生き残っているのだろう。
現れては消えていくのが芸能界の常だけれど・・・。

一般人も同じ。
チヤホヤされている人もいると思う。
これは自分を見失うという大きな落とし穴のすぐ近くを歩いている人だ。

しかし,
孤独を生き抜いている人。
誰にも注目されずに,生きることが精一杯の人。
この人たちは,辛いが,今は自分とつきあうしかない。
しかし,自分を見失うことはないから安心できる。

ただ,あまり自分を見詰めすぎても良いことはない。
孤独であることそれ自体で,もう十分に自分を見詰めている証拠なのだから。
今は自分を見詰めることさえ休んで良いというときもある。
でも,そういうときでも,休んでいる自分を見詰めているのだから,自分を見失うことはない。

大丈夫だよ!

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コメント

>今は自分を見詰めることさえ休んで良いというときもある。
疲れたとき、私もこう思います。

孤独って、なんだろうなあ。。。
人恋しいともちがいますよね。
さびしいともちがうし。

ああ、ひとりなんだと実感するときでしょうか。

今は私は自分の内面を省みる時期だとおもっています。

投稿: piyo | 2006年11月18日 (土) 01時53分

piyoさんへ

いつもお読みいただき,
コメントをありがとうございます。

>今は私は自分の内面を省みる時期だとおもっています。

真面目に走ってきたのですね。
立ち止まらざるを得なくなった今,
(大袈裟に言えば)人生のターニングポイントなのかもしれません。
走っていたときには,見えなかった景色を楽しめたら,しめたものですね。

投稿: ct(MAGIS) | 2006年11月18日 (土) 11時31分

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