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2006年12月29日 (金)

こころって?

素晴らしいことが待っていると
みんなが向かった空の上にも
涙の出るほどさみしいひとりぼっちと
これが世界だというように
風だけが強く吹く
ああ,むなしさがある

実はいま事情があって国外にいます。ここは夏です。毎日気温が26度くらいに上がります。私は毎日,プールサイドで読書をしたり,ぼーっとしたりしています。
時差は日本より2時間進んでいます。 旅行といえば旅行ですが,違うといえば違います。まあ,人に聞かれれば"Sightseeing"と答えていますが,気分は,(家族的)"Change of air medical treatment"です。

上に書いた詩は,岡本おさみという人の詩で,吉田拓郎という歌手が1973年に歌ったものの歌詞です。考えてみれば,私はいつも歌詞にあるような「素晴らしいことが待っているみんなが向かった空の上」ばかり目指していた気がします。 人生の三分の二を過ぎた今,素晴らしいも素晴らしくないも,ないな~,と思います。あるのは,ただ,準備された道だけ。この道は選ぶ選ばないではなくて,結果的に歩く類のものなのだと思います。

日本に置いてきた我が家の飼い犬と飼い猫のことを娘と妻が横で話しています。
「ぷーちゃん(我が家の猫の愛称)にもこころがあるのかなあ?」と娘。
「あるさ」と妻。
「じゃあ,蟻には」と娘。
「それはないんじゃない」と妻。

こころって何でしょう?こころってどこにあるのでしょう?

確か,どこかの国(民族)に,

『すべての動物は,すべての人より多くのことをわかる』

という意味の格言があったと思います。
日本に帰ったら調べますが,ネイティブ・アメリカン(インディアン)の格言だったと思います。

この「わかる」は頭でわかるのではないでしょう。
この「わかる」はこころでなのでしょうか?
それとも,スピリチュアルになのでしょうか?

頭脳,こころ,スピリチュアル。
これらはどう関係しているのでしょうか?
どう分離しているのでしょうか?
どうダブっているのでしょうか?

往きの飛行機の中に,一冊の本を忘れてきてしまいました。
香山リカさんの『スピリチュアルにはまる人・・・』(・・・の部分忘れました)とかいうタイトルでした。
半分くらい読んだのですが,とてもおもしろい本です。
改めて買い直さなくては・・・。

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2006年12月26日 (火)

どうして自分にはできないのだろう?

どうして私には○○ができないのだろうか?
こんな嘆きをよく耳にします。

○○に入る言葉は,人それぞれ違います。
また,同じ人でも,時によって変わります。

それができないことは,時として,その人にとって,
とても大きな問題となります。
悩んだり,嘆いたり,劣等感を感じたり,焦ったり。
それくらいならいいのですが(そうはいうものの辛いです),
○○ができないことで,将来が閉ざされた気持ちになり,
どうやって生きていこう,もう生きることはできない,
そんな気持ちにさえなったりします。

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2006年12月25日 (月)

救い主が生まれた

061225_2_2 皆様,主のご降誕,おめでとうございます。

クリスマスの今日,たくさんのサンタさんに会いました。コンビニでも,デパートでも,街角でも・・・。
 
昔からサンタさんは子供たちにとって,一番ほしいもの,一番必要なもの,一番大切なものを持ってクリスマスの夜,そっとやって来ます。そう,クリスマスは一番ほしいもの,一番必要なもの,一番大切なものがもらえる日なのです。
なぜクリスマスはそういう日なのでしょうか。

それは,神様が一番大切なもの,つまり愛そのものを,人類に贈ってくださった日だからなのです。
今から約2000年前,羊飼いたちが野宿をしながら羊の世話をしていると,神様に遣わされた天使が現れました。そして,羊飼いに次のように告げました。

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2006年12月19日 (火)

I Want to ・・・

昔親友が,
「自転車に乗っているときに,
側溝に落ちないようにと,側溝ばかり見ていると,
側溝に落ちてしまう」と言っていた。

その友は,前を向いて走ることの大切さを僕に教えてくれた人だ。
今は親しくないので,親友ではないかもしれないが,
心の中ではいつでも会っている「真友」だ。

「側溝に落ちないように」という目標は,
「○○しないように」という否定形の目標だ。
このような目標はどうやら功を奏さないらしい。
「試験で悪い点を取らないように」
「飲み過ぎないように」
「事故に遭わないように」
「明日,寝坊しないように」
・・・。

同じように,
「○○すべきである」という目標も達成できない。
「次の試験では前回よりも良い点を取るべきである」
「飲み過ぎないようにすべきである」
「安全運転すべきでだ」
「遅刻しないように起きるべきだ」

目的を達成するとは,自分が変貌するということである。
変貌は,"I Want to・・・"と思っているときだけ起こる。
そんな話を最近聞いた。

だから目標の立て方は大事。
「次の試験では良い点をとりたい」
「お酒は適度に楽しく飲みたい」
「相手も自分も安心できる運転をしたい」
「明日は早起きしたい」

なんかそうかもしれない。

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2006年12月18日 (月)

alterna

本当に大切で061218
必要なモノなんて
ほんのちょっとだけで
後は大抵飾りだった

今朝,長女と車に乗っているときに,
カーオーディオで長女が聴いていた歌の歌詞だ。

私は思わず,
「この曲何ていう曲?誰が歌ってるの?」
と聴いてしまった。

娘は,「あゆ!なんて読むのか分からないけれど,アルタナかオルタナ」と答えてくれた。
なるほど,英語のalternativeのことかと思った。
日本語でもアルターナティブって最近よく使うけど,ちょっと分かりづらい。

だいたい,「代わりになるもの」,「とりうる手段」,転じて,「選ぶべきもの」という意味に使われている。

冒頭の歌詞がどうしても気になったので,
娘に頼んで,もう一度最初から聴かせてもらった。
(右の写真は,その車の中から見た景色。
逗子海岸で信号待ちの最中にケータイで撮りました。
海越しに富士山が見えるのわかりますか?
実物はきれいでしたよ。)

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2006年12月17日 (日)

People Always Have the Resources They Need

僕はしょっちゅう人を羨む。
妬むと言ってもいいかもしれない。

僕の関心は専ら人間関係にある。

日常の中で,
市場原理を学んでいない人(僕もそうですが)が「あいつは営利目的だから」と言うのを耳にする。
確かにその発言をした人は営利目的で行動していない人だ。
でも,代々受け継いだ広大な土地の持ち主だったりする。

羨ましいなあ~。

「人間関係」と縁のない人から「あいつの家庭には問題がある」と言うのを耳にする。
そう言った人の家庭は確かに円満だ。

それはそれでいいか~。

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2006年12月16日 (土)

「私もです」

11月14日から,朝日新聞に連載されていた「いじめ(られ)ている君へ」という連載記事が,今日の朝刊でようやく終わった。
初回の児童文学者から始まって,各界の著名人(たとえばノーベル物理学賞受賞者)が
連日それぞれの立場から,現在,学校で起こっているいじめ問題に的を絞って,
主に「励ましのメッセージ」や「自分の体験談」をご披露されていた。

私(学校勤務)の周囲でも朝日新聞購読者は,他紙よりかなり多い。

そんな中,この「いじめ(られ)ている君へ」はすこぶる評判が悪かった。
朝日本社もそれは理解していたようだ。
緊急連載を始めたのが11月14日だったが,
関係者によると,(著名人に依頼したものの)とても掲載するのに耐えない記事も数編あって,
肝いりで連載を始めたにも関わらず,休載にせざるを得なかった日もあったという。

私は以前にも書いたが,今回の連載は失敗に終わったと思う。
それは主に,自分が生きぬいた体験談を,後から続く人に押しつけたものがあまりに多かったからだ。
いくら辛い体験を疲労し,自分がそれをどう乗り越えたかを語っても他人の力にはならない。
しかし,これは朝日新聞社に問題があるのではない。
むしろ,この国の中で発言力のある人たちの多数が強者の論理で,
そして特に年長者は加えて時代倒錯でしか現状を考えられないということが
今回の記事を通じて読み取れたように思う。

しかし,本当は
The Map is Not the Territory! なのである。

「私もです」。
なんか肯定的メッセージに聞こえるかもしれませんが,
こんなことで相手と意気投合できるのは,
せいぜいスポーツ観戦のときくらいです。

スタジアムに観戦に行った浦和レッズのファンが,隣の席の人もレッズのファンだと知ったら意気投合して一緒に応援するでしょう?
それは楽しいことですよね。
だから,スポーツ観戦では時々「ウェーブ」なんていう日常生活では起こりえない現象が起こります。

しかし,これが好きな芸能人となると若干違ってきます。
SMAPのコンサートに行ったとき,隣席の人が,いくら同じSMAPファンでも,
スポーツ観戦のときのような意気投合感は起こりません。
これはおそらく,スポーツ観戦と芸能人に惹かれることの微妙な心理的側面の違いに起因していると思われます。
浦和レッズのファンは浦和が優勝すればただただ嬉しいと思えますが,
芸能人が有名になったり幸せになると,どこか気持ちがさめたりすることもあります。

さらに,これが身近な人間関係ともなれば,「私もです」はしばしばコミュニケーションを遮る言動となりかねません。

話を単純化します。
たとえば,ある人が腹痛を訴えてきたとします。
どうしますか?
「大丈夫ですか?」とか「薬ありますけど飲みますか?」と聞くでしょう?
ここで,「私もそうなんです」と応えられてしまっては,
会話が別の方向へ流れてしまいます。
この瞬間,話の中心が入れ替わってしまいます。
つまり話の主人公がそれまでの話し手から聞き手に移ります。
これでは,はじめに腹痛を訴えた人は脇役になってしまうのです。

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2006年12月12日 (火)

飛び発てない君へ

君はエアポートを見たことがあるだろう?

飛行機が飛び発つには長い滑走路が必要だよね。
特に遠くへ飛んでいく大型機の場合には。

長い間停泊していた君にはたくさんの人や荷物が詰まっている。
重いよね。

だから君には長い滑走路が必要だ。

でも,あわててはいけない。
管制官の許可が出るまでは動いてはいけない。

君の管制官は誰だい?

僕の管制官?
ちょっと照れくさいけれどね・・・,それは神さまだよ。

でも,君には君の信じる管制官がいるだろう?
その管制官と交信すればいい。
信じられる管制官がいないならば,君自身が管制官を兼ねるしかないだろう。
それだって,一つの生き方だよ。
世の中に悪い生き方なんてない。

管制官の許可が出たなら,滑走路に向かおう。
大丈夫。僕か誰かが滑走路までは誘導するから!

でも,滑走路から飛び発つのは,君の仕事だ。

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2006年12月11日 (月)

そんな重荷に耐え続けることはできない

私の好きな聖書箇所の一つに

「(神さまは)あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず,試練と共に,それに耐えられるよう,逃れる道をも備えていてくださいます。」
(Ⅰコリント1:13 日本聖書協会 新共同訳聖書)

というのがあります。
この聖句は結構私の支えになっています。
特に,最後の,神さまが逃げ道を準備して下さっているという行が大好きです。

ところが人間はときとして,自分にとんでもない試練を課してしまう。
それは,人に対する怒りの停滞です。
先月も,「怒りは自分に盛る毒」という
アメリカ・インディアンの格言を引用しました
が,
今日も同じ本(エリコ・ロウ『アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉』扶桑社)
から,ほぼ同意の格言を紹介します。

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2006年12月10日 (日)

It's Old.

今年の夏に9泊10日(正味八日間)の黙想会に参加した。
八日間,完全黙想を守り,祈るという会だ。
実に良い機会であったと思うのだが,たった一つ悔いていることがある。

携帯電話だ。

私は携帯電話を持っていった。
非常に大事な用件の連絡が入る可能性があったからである。
実際には,その用件の連絡はなかった。
しかし,まったく想定していなかった別の重要な用件の連絡が入った。
そういった意味では役にたったのかもしれない。
それに,携帯電話を持っていなかったら,気になることがあったかもしれない。

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2006年12月 9日 (土)

「弱音を吐けば道は開ける」

タイトルの言葉は,今日,午前中に
NHK教育テレビの『親と子のTVスクール』に出演された
諸富祥彦(カウンセラー)先生が,番組の最後に視聴者に訴えかけたメッセージです。
お話しの内容は,このブログの11月30日に書いた諸富先生の話と重なる部分が多かったです。
最近,諸富先生は,特に弱音を吐くことの大切さを強調されています。
今日のお話しのテーマも『親子が弱音を言いあう関係づくり』というものでした。

以前にも書きましたが,私も早めの弱音が有効だと思います。
先日も,ある同僚同士が愚痴を言い合っているのを見ました。
私の職場環境は恵まれた方だとは思うのですが,
だからといって完全なものではありません。
当然,いやなことや納得のできないこと,凹むことはあります。
そんなとき,互いにグチグチ言い合うことはとても良いことだと思います。
愚痴を言い合い,聴き合いながら,その同僚二人は階段を降りていきました。

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2006年12月 8日 (金)

焼きいも大将

St310020_3 St310021_1 St310019_2St310027_4 St310023_2St310022 12月5日は,今年最後のホームルームでした。で,行った企画は「焼きいも」。
(即アップしたかったのですが,ココログ53時間メンテナンスの関係でアップが今日になっちゃいました)
校内にある側溝を利用して,学年180人で行いました。
焼いたものは,各自が家から持ってきたいも。
さつまいもでもじゃがいもでも良しとしました。
また,肉や魚などのような腐るもの以外なら何でも良しとしたので,
中には,バナナ,リンゴ,トウモロコシ,餅,マシュマロなどを持ってきて焼いている生徒もいました。

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2006年12月 5日 (火)

メンテナンス情報

このブログは,niftyのココログ・プロというのを使っていますが,

5日(火)10:00~7日(木)15:00。
53時間の予定でメンテナンス

が行われると,ココログのページに載っていました。(このお知らせ,先月の22日に載ったきりです。それ以降,この時間まで何のお知らせもないのには少し腹が立ちます!物忘れの激しい私などは忘れていました。先ほど,同じくココログユーザーのさかばさんのページを見て,思い出しました。有料サービスなのですから,メンバーに自動メール配信のサービスくらいあって良いと思うのですが・・・)

まあ,毎度のことだからしかたありません。

皆様にはご迷惑をおかけいたしますが,

上記のメンテナンス期日中は
コメントやトラックバックを受け付けができなくなりますので,ご了承下さい。

http://info.cocolog-nifty.com/info/cat510646/index.html

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2006年12月 4日 (月)

大きな未完成品

最近,特にもの忘れが激しい。

「われわれの使命は小さな完成品よりも
大きな未完成品を作り出すことをである」

こんな台詞を,ここ10日間の間に,
誰かから聞いたか,何かで読んだ。
でも,どううしても思い出せない。
新聞かもしれないし,本かもしれない。

ああ,どこかで目にした人がいたら教えてくださ~い。

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2006年12月 3日 (日)

どんな信念?

信頼される
相手に喜ばれる
運が良いと評価が上がる
自分で満足できる

窮屈
時間がかかる
やりきれない(こなしきれない)ことがある
どこまでやっても満足感が得られない
孤立する
一人で抱え込む
体調を崩す
人を育てない

以上の事柄は,ある信念をもって生きた場合に得られる利点(赤で書いたもの)と損するような不利な点(青で書いたもの)です。

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2006年12月 2日 (土)

退屈の専門家

061202 今日は,臨床パストラルケア教育研修センター主催の一日研修会に出てきました。臨床パストラルケアとは,「患者や家族,その友人,医療従事者のスピリチュアルな痛みやニーズに寄り添うこと」と,同センターは定義しています。

今日の一日研修会のテーマは「患者さん訪問」。講師は同センター所長で,レデンプトール会司祭のウェルデマール・キッペス神父(ドイツ人)。

訪問前の心構えから,訪問の実際,訪問後にすべきことまで,実際に即した基本事項を学びました。
基本は,義務感やボランティア精神から訪問するのではなく,訪問させていただく相手から学ばせていただく姿勢を持つということでした。

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2006年12月 1日 (金)

『日本の父へ』

061201私は1986年に教員になりました。
その2年前の1984年に,グスタフ・フォス著『日本の父へ』(新潮文庫 昭和55年)という本を読みました。
どういうきっかけでこの本を読むことにしたのかは,良く覚えていないのですが,
当時,あまり教育に興味のなかった私が,
自らすすんでこの本を読もうとしたとは思えません。
多分,当時読んでいたカトリック関係の評論文で紹介されていたのか,
大学の何かの授業の参考図書に挙がっていたのでしょう。

先ほどの書斎(といっても4畳です)の本棚をあさっていたら,その文庫本が出てきました。
左の写真のように,もう,表紙にはカビがはえています。
この本を買ってから,4回引っ越しをしました。
そのたびに,本はだいぶ捨ててきました。
特に,文庫本は,惜しげもなく捨ててきました。
(今だったら,BookOffに売りますね。)
なのに,この本は捨てずに,今でも持っているのが不思議です。

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