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2006年12月 1日 (金)

『日本の父へ』

061201私は1986年に教員になりました。
その2年前の1984年に,グスタフ・フォス著『日本の父へ』(新潮文庫 昭和55年)という本を読みました。
どういうきっかけでこの本を読むことにしたのかは,良く覚えていないのですが,
当時,あまり教育に興味のなかった私が,
自らすすんでこの本を読もうとしたとは思えません。
多分,当時読んでいたカトリック関係の評論文で紹介されていたのか,
大学の何かの授業の参考図書に挙がっていたのでしょう。

先ほどの書斎(といっても4畳です)の本棚をあさっていたら,その文庫本が出てきました。
左の写真のように,もう,表紙にはカビがはえています。
この本を買ってから,4回引っ越しをしました。
そのたびに,本はだいぶ捨ててきました。
特に,文庫本は,惜しげもなく捨ててきました。
(今だったら,BookOffに売りますね。)
なのに,この本は捨てずに,今でも持っているのが不思議です。

さっき,ページをパラパラとめくっていたら,たった1カ所だけ,ペンで線が引いてある箇所がありました。

個人の進歩というものは,人間の心の向上以外にはあり得ない。

ここだけ,傍線が引いてあります。しかも,「心」という一文字は丸で囲んであります。
22年前,大学3年生だった私は,どんな気持ちでこの箇所に線を引き,
なぜ「心」を丸で囲んだのか?
全然思い出せません。

この本を読んだ2年後私は教員になりました。
そのまた17年後,私は今の勤務校に移ってきました。

勤務校の初代校長の名前は・・・,グスタフ・フォスです。

フォス先生は,
「家庭の協力がない学校は無能である」と語られたことがあるそうです。

教育基本法を変えようとする流れ。
いじめと,それのマスコミによる取り上げられ方。
突然降ってわいたような「履修漏れ」の問題。

フォス先生が生きておられたら,どういう行動を起こしていたでしょうか?
一生懸命,探っています。

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