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2007年1月 5日 (金)

青くなって尻込みましょう

教師という仕事柄,年賀状をいただく枚数は多い方だと思う。
教え子や卒業生からも送られてくるが,
多くの教員や元教員と年賀状の遣り取りがある。

「教え子を戦場へ送るな。教育基本法・憲法改正反対」

教員仲間や先輩教員からの葉書の隅っこの方に,こんなメッセージが印刷された年賀状が届いていたのは,2,3年前からであった。

残念ながら,今年の年賀状で「教育基本法改正反対」と書いてあるものは一通もなかった。後の祭となってしまったわけだから。

「すべての人の平和を願い
戦争をしない・軍隊を持たない
こんな憲法9条を世界の宝に」
(ピース9の会)

カトリックの,ある修道会の総長をされているシスターからの年賀状の下の方には,
このような印刷がされていた。
このシスターからは,もう10年以上も年賀状をいただいているが,
昨年までは,修道会が独自に作った,いわゆる修道会的な,
(つまり,マリア様やイエス様の肖像が画かれ,キリスト教用語が必ず入った)年賀状が届いていた。これはこれでとても趣があった。
しかし,今年は,このシスター(大変国際感覚に優れた方です)から,「憲法9条を世界の宝に」というメッセージ入りの年賀状が届いた。
やっぱり世の中エラいことになってきてしまったのだと思う。

もう一つ紹介したい。

「最近の世の中の動きには不安を感じることが多くなりました。
教育に携わる者の一人として,
自分のできることに力を尽くしていきたいと思っています」

こう年賀状の真ん中に印刷してきた彼(先輩)とは,昨年,生徒を引率して,被爆地長崎を訪れた。(なお,この訪問の折には,アジア太平洋戦争における日本の加害責任についても,同行した神父様が生徒に説いてくださいました。)

元旦の深夜(二日未明),NHKのBS2に昔のフォーク歌手・加川良さんが出ていた。『教訓Ⅰ』という歌を歌っていた。私はこの歌を小学生の頃リアルタイムで聴いた。その頃,高田渡さん(故人)の『自衛隊に入ろう』なんていう歌もあった。歌詞はこちらをご覧下さい。もちろん放送禁止歌となりました。♪祖国のためならどこまでも 素直な人を求めます♪なんて歌詞がありましたから・・・。加川良さんの『教訓Ⅰ』は,そこまでストレートな歌詞はなかったので,たま~にラジオで流れていました。歌詞の一部をいくつか抜粋します。

「命はひとつ 人生は一回
だから命を棄てないようにネ」
   
「失礼しましたで 終わるだけ
命のスペアはありませんヨネ」

「命をすてて男になれと
言われた時には震えましょうヨネ」
   
「死んで神様と言われるよりも
生きてバカだと言われましょうヨネ」

こんな感じです。
さらにこの歌のサビは,

青くなって しりごみなさい
逃げなさい 隠れなさい

というものです。
この歌が歌われていた頃は,学生はデモ(末期でしたが)に明け暮れ,
サラリーマンは高度成長期に乗って猛烈に働いていました。
そんな時代に,「青くなって しりごみなさい 逃げなさい 隠れなさい」に私はなぜか引き込まれました。

あれから40年近く経ちました。
今は,高度成長期ではありません。
しかし,いざなぎ景気を上回る戦後最長の好景気なのだそうです。
多分,この「好景気」は「格差拡大」とほぼ同意語でしょう。
ものすごく忙しく働く人と働き口がない人がいます。
さらに,さまざまな理由で働くことができない人も急激に増えています。
こうなってしまった原因を,いろいろな分野の人が専門的な見地から探っています。
しかし,今,大切なことは,原因を探ることよりも,
今,弱っている人たちと,今,そしてこれから,どう関わっていくかではないでしょうか。
もう一歩踏み込んで言えば,彼(女)等からの発信をどこまで真摯な態度で受けとめ,共にどこまで変容していくことができるかに,人類の将来はかかっているとさえ思っています。

先ほどの『教訓Ⅰ』の歌詞の中に,

お国は俺達 死んだとて
ずっと後まで残りますヨネ

というのがあります。しかし,これから先の時代は,
この国が残るかどうかは,ある意味でどうでも良いこととなると思います。
国家という概念もまた変わっていくのですから。
もちろん,国や民族の文化は大切なものだと思います。
けれども,この国の人だけではなく,世界にいる人が残ること,
つまり,ひとり一人の人が,人間らしく生き抜くことは他の何よりも重要なことです。
そのためには,時には尻込みしたり,逃げたり,隠れたりすることも必要だし,良いことだと思います。
いろいろな状況に置かれた人がいるのですし,
同じ状況に置かれたとしても,人それぞれで感じ方やできることは違うのですから。

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コメント

「しりごみなさい」だったんですね。
大真面目に「しりを見なさい」と思い込んでました。加川良、
’71中津川のライヴ盤で「何にも出来ないもの同士がこうやって
集まって何か素晴らしいものが生まれる(出来るものが集まっても
大したものにはならないが・・・)」というMC、嬉しいこと言って
くれるなーと思ってました。渡さんは亡くなる前に洗礼を受けて
パウロの名が付きました。「送別会」で斉藤哲夫が「パウロ高田には
笑ったなー」と愛情込めて、お話されてました。

又、本筋でなくてすいません。

投稿: You | 2007年1月 5日 (金) 21時58分

>>Youさんへ

コメントをありがとうございます。
フォークソングネタにいつも反応してくださって,嬉しいです。
中津川フォークジャンボリーの加川良の,
「何にもできないもの同士がこうやって集まって何か素晴らしものが生まれる」という台詞,何十年ぶりかに思い出しました。
今,考えてみても,素晴らしいこと言っていましたよね。
高田渡が,亡くなる前に授洗していたという話は初めて知りました。
なんだかとても嬉しくなりました。
パウロという洗礼名がいかにも,いかにもタカダワタル的だと思いました。
Youさん,今年もよろしくお願いします。

投稿: ct(magis) | 2007年1月 6日 (土) 21時16分

渡さん、奥さんがカトリックの信者で、病床洗礼(言葉が間違ってたらすいません)だったそうです。葬儀ミサで神父が「いせや(渡さんが毎日かよってた飲み屋)が高田渡の祈りの台だった」とはなされたそうです。それを知って私は、ああカトリックなら「居場所」があるかもと思えました。

投稿: You | 2007年1月 7日 (日) 01時23分

>>Youさん

いい話ですね~。
「いせや」。僕も知っていますよ。
あそこが祈りの台か~。
教会も近いしね。
これまた,タカダワタル的。

投稿: ct(magis) | 2007年1月 7日 (日) 22時53分

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