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2007年1月15日 (月)

答を教えては解決にならない

私は長年数学の教師をしています。
若い生徒たちは大変に優秀です。
中高生ですから,脳細胞の量も質も私よりずっといいわけです。
しかし,潜在能力は持っているのでしょうが,結局開花できずに,卒業を迎える生徒も見かけます。

私の勤務校は,入学時の(いわゆる)成績でいえば非常に高い生徒が揃っています。
しかし,入学後の数学(他科目もそうなのでしょうが)の力には開きが出てきます。
それは,勤勉さや努力の度合いにも非常に関係しますが,
もう一つ,取り組み姿勢にも関連性があると思います。

現在の勤務校にはほとんどいないのですが,
「で,先生,結局,答はどうなるの?」という姿勢で取り組んで来る生徒の数学の力は,まずつきません。

私が答を言おうとしているときに,「あっ,ちょっと待って」という声を上げる生徒,
自分が答を出す前に,私が答を言ったときに,がっかりする生徒,
こういう生徒が,どんどん伸びていきます。

きっと,他の分野でも,学問以外でもそういう側面はあると思います。
問題はその人が解決しなければ,解決になりません。
自分の問題は自分以外には解決できないのです。
相手の問題は相手以外には解決できないのです。

しかし,私たちは自分の問題なのに,相手に答を求めたり,
相手の問題なのに,答を言ってしまったりします。
どちらも解決には繋がりません。

いえ,それどころか。
自分の問題なのに答を押しつけられたり,
相手の問題なのに分析的に答を示したりすると,
問題はかえってこじれ,新たな問題が発生したりします。

私たちはついつい親切の積もりであれこれアドバイス(助言)を他人に送ります。
しかし,それが問題解決の障害になるかもしれないということは忘れずにいたいものです。

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コメント

はじめまして、こんにちは。いつもブログの更新を楽しみにしております。この記事に本当に目を開かされた思いです。Magisさんが書かれているのは「答を教えては解決にはならない」ですが、「答えを『他人』に求めても『本当』の解決にはならない」というような視点から捉えてみました。他人の意見やアドバイスを聞くのも大切でしょうが、やはり自分の頭で考えることは、何をする上でも重要となってくるのだと再認識させられました。
 ちなみに、私の学校は数Ⅲ数Cまで進路にかかわらず、必修で泣かされました。あせったときに限って、自分で解答を求めようとせず、他人に解き方を教えてもらってばかりで、結局試験で失敗するという事になったことを思い出します。
 おそらく、人生の課題にも数学の問題にも、主体的に問題に取り組む事がその人を成長させていくのかもしれないと、感じました。

投稿: Kannah | 2007年1月16日 (火) 05時25分

>>Kannah様

初めてのコメントをありがとうございます。
また,いつも読んで下さっていたとのこと,
とても嬉しいです。

>Magisさんが書かれているのは「答を教えては解決にはならない」ですが、「答えを『他人』に求めても『本当』の解決にはならない」というような視点から捉えてみました。

ああ,そうですね。
そのような捉え方の方が,自分の問題として考えられますね。
貴重なコメントに改めて感謝します。

投稿: ct(MAGIS) | 2007年1月16日 (火) 07時16分

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