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2007年1月 7日 (日)

天国にいる自分

昨日から三日間,グループ・ワークの宿泊研修に来ています。カウンセリング系の学会の研修会です。北は北海道から南は九州まで(残念ながら今回沖縄県はいませんでした),全国津々浦々から教育関係者,教育相談員,医療関係者,医療機関相談員,専門相談機関のカウンセラーが集まってきています。
今回は7つの分科会に分かれていて,私は「演習」の講座のうち,非言語集団的療法(と呼ばれていますが,実際には言語を使わないことはあり得ないので,アクション集団療法と呼ぶ方が良いらしい)のグループに参加しています。いま,「療法」と書きましたが,これは「セラピー」とも呼ばれます。あるいは,教育現場では,「指導」と呼ばれているものの一部だったりします。同じ手法を,医療関係者,相談関係者,教育関係者ではこのように異なった呼び方をします。要するに,(今回の講師の先生の言葉をお借りすれば)業種による方言のようなものです。なお,あまりヒーリングという用語は使いません。癒しという言葉は使われます。

ワークショップ形式の講座の内容は非常におもしろいのですが,いろいろな制約があるため,中心部分をここで紹介することはできませんが,ウォーミング・アップとして行った演習の中で,私にとって,特別意味があるものがあったので,今日はそれだけ書きたいと思います。

『人生ライン』という簡単なエクササイズです。070106_2
図のように椅子を螺旋状に並べます。真ん中が0歳(誕生の瞬間)で,最後が100歳です。100歳は,便宜的に死ぬ瞬間の意味も兼ねています。そして,その次に天国と呼ばれている場所があって,ここを表す椅子だけは倒れています。なお,椅子そのものに意味はないのですが,このように椅子を使うことによって,「人生」のラインがイメージしやすいので,椅子が用いられます。これは大変役に立ちます。(「エンプティ・チェア」という手法の一種です)
天国だけ椅子が倒れているというのも意味深です。

以上のような準備の後,先生は,
「さて,皆さん,並んでいる椅子の外側に出てください。
そして,最高の自分をイメージしてみてください。
それは何歳のどの瞬間でしたか?
あるいは,今後最高の瞬間が訪れるとしたら,
それは何歳のときに起こってほしいですか?
たった一つだけイメージしてみて下さい」
と話されました。

ちょっと考える時間が与えられ,
「さて,それではその年齢を表す椅子の横に立ってみて下さい」
と指示されたので,参加者は移動しました。
今回,このセッションの参加者は17人(アクション系のグループとしてはほどよい人数です)でしたが,参加者の皆さんが移動した位置を図中,顔のマークで表しました。
今回の参加者の年齢は20代半ばから,50代以上までと幅広かったのですが,
6~7割方の人が,今の自分よりも若い年齢の位置に立ちました。

さて,私なのですが,何の迷いもなく「天国」に行きました。
意外にも,それは私一人でした。図中で,口を大きく開いて笑っている顔のマークを付けておきました。

この後,先生は,参加者をそこに立たせたまま,立っている年齢が低い順に,
「○○さんは,今あなたは何歳(実年齢ではなく,立っている場所の年齢)で,どんな最高なことが起きてますか」と尋ねていきます。
聞かれた人は,たとえば,
「29歳になって,やっと就職できたときです」(脚色してあります)などと答えます。
私は天国に一人立っているわけですから,聞かれるのは当然最後です。
先生は私には,
「マジスさん,どうしてそこに立っているのですか?」
と,ちょっとそれまでの人とは違う聞き方をされました。私は,
天国はいいところだと聞いているので」とニヤニヤしながら答えました。
ここで,参加者一同(私も)ドッと笑いました。

それで,おもしろかったのはここからで,続けて先生は,

天国から見ると,地上の皆さんはどんな風に見えますか?
と質問されました。私は
みんな,とても大変そうに見える
とほとんど反射的に答えました。
すると,今度は参加者の皆さんは,「オーッ」と一斉に声を上げました。
(誤解を恐れずに書きますが,当然,少しトランス状態に入っています。)
以下は,その後の先生と私の会話および他の参加者の皆さんの反応です。

先生:では,マジスさん,地上の皆さんに何か伝えてあげて下さい。
私:大変そうですね~。
一同:(ほぼ全員,首を縦に振る。最高の瞬間に立っている筈なのに,素に戻っちゃっているわけです)
先生:では,マジスさん,今度は地上にいるマジスさんにメッセージを伝えて下さい。

<ここで先生は,現実の私の役割をする人を,私に指名するようにと指示されたので,一人指名させていただきました。すると先生は,私の実年齢の位置(図中の赤丸の位置)にその方を立たせました。そして,その方を指さし,天国に立っている私に向かって次のように続けられました>

先生:さあ,マジスさん,あそこに見えるのが,2007年1月6日のあなたです。その現実のあなたに向けて,そこから何か伝えてあげて下さい。
私:今は大変だろうけれど,時は過ぎていくからね。道が断たれることはないから大丈夫だよ。

このエクササイズはこれで終わったのですが,最後の方,ずっと私と一緒に天国に立っていた先生が,こんなことを言いました。
なんだか,ここ(天国を意味する位置)にいると,みんなが大変そうに見えるから不思議だね

本当に不思議でした。

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コメント

>>のんちさんへ

トラックバックをありがとうございます。
そちらの記事も読ませていただきました。
そちらにもコメントさせていただきましたが,
同様のことをこちらにも書く必要性を感じましたので,
コメントさせていただきます。

今回の私の記事ですが,
カウンセリング関係の学会での話です。
会員の中には,私のようなキリスト教徒もいますが,この学会は宗教的には完全にニュートラルです。

のんちさんのブログでは,「天国は物理的な世界を言うのではなくて、「神の国」という言葉があるように」と書き始められておられますが,
これは,いわゆる大部分の日本人のイメージしている「天国」と,聖書の教える「神の国(天の国)」を一緒くたにしているような気がします。そのようなお考えの中で,私のブログが引用されたのであれば,戸惑いを感じます。

私はこのブログ「マジス」の中で両者をきちんと使い分けています。
もちろんグレーゾーンはあります。
たとえば,『天国で会いたい人』
http://ct.cocolog-nifty.com/magis/2006/03/post_ac67.html
はそういうトーンで書いています。

今日の記事は,カテゴリーも「サイコドラマ」,「サイコロジー」,「トランスパーソナル」としたように,いわゆる「天国」の方を書いています。
違いを読んで下さる皆様にもわかっていただけるように,「聖書・信仰」について書くときには,「天国」という言葉はなるべく使わないようにし,「神の国」という言葉を使用しています。

私はこれまで,『天国』についてはあまり書いてきませんでしたが,
『神の国』についてはたくさん書いて来ました。
代表的なものとしては,
『神は一方的に・・・』
http://ct.cocolog-nifty.com/magis/2006/03/__1000.html
『私にとって信じるとは』
http://ct.cocolog-nifty.com/magis/2005/10/post_a7f0.html
『婚宴の礼服』
http://ct.cocolog-nifty.com/magis/2005/10/post_7a2e.html
『タラントンの譬え話』
http://ct.cocolog-nifty.com/magis/2005/11/post_ffbb.html
『何もしないからこそ育つもの』
http://ct.cocolog-nifty.com/magis/2006/08/post_1cdb.html
『大切なことは・・・』
http://ct.cocolog-nifty.com/magis/2006/09/post_9d91.html
などです。
これらは,「聖書・信仰」のカテゴリーに入れて書いていますので,
今回の『天国にいる自分』とは明らかに違っているはずです。

投稿: ct(magis) | 2007年1月 8日 (月) 16時45分

マジスさん

ていねいなコメントありがとうございます。
文才がなく、誤解を与えたことを始めにお詫びします。

さて、次の文章についてです。

>これは,いわゆる大部分の日本人のイメージしている「天国」と,聖書の教える「神の国(天の国)」を一緒くたにしているような気がします。

日本人が一般的にイメージする「天国」と、聖書の教える神の国とは全く異なると考えています。おそらく一般的にイメージする天国は、「極楽」ではないでしょうか。しかし私は、神の国すなわち天の国は、神を愛し、神のお言葉を守る人々の中にあると考えています。ですから、仏教でいう極楽のようなモノとは考えていません。理解が足りないかもしれませんが、いかがでしょうか。

ゆえに、「天国は物理的な世界を言うのではなくて」と書きました。ただちゃんと書けば良かったと、そう反省しています。

また、次の文章についてです。

>>「神の国」という言葉があるように、神さまにより支配されることだそうです
>に関しては,おそらくキリスト教のほとんどの教派に共通する教えだと思いますが,
>>天国へはイエス様を受け入れ信じ、「バプテスマ(洗礼)を受けた者」が直行できるそうです。そうでないものは一旦陰府【よみ】へ行き、終末の時に玉座の前に立たされ、自分の行いに応じて裁かれた後に、天国か地獄に振り分けられるそうです
>に関しては,注意が必要です。
>まったくその通りという人もいるでしょうし,
>完全に間違いでという人もいるでしょう。
>私は,この文章だけからでは,そうだともそうではないとも言えません。

正直に言うと、私はまだ死んだことがないので、実際に体験して確かめたことがありません。ですから、教えて頂いたことをマージして書きました。しかし、聖書に書いてある約束を信じます。聖書は神の国を約束しています。死んだらイエス様を信じる人は、神の国に迎えられると約束されています。これ以上は私には書けません。

また私の記事は、宗教、カウンセリングというように、きちんと別けて書いていません。そのとき考え感じたことを、そのときの気分で書いたものです。ですからトラバックに関して、ご迷惑をかけたかもしれません。
改めてお詫びします。
なおマジスさんのカテゴリーの使い分けや、記事内容を理解した上で引用させていただきました。

失礼しました。

投稿: のんち | 2007年1月 8日 (月) 19時59分

>>のんちさんへ

コメントへのお返事ありがとうございます。

>正直に言うと、私はまだ死んだことがないので、実際に体験して確かめたことがありません。ですから、教えて頂いたことをマージして書きました。しかし、聖書に書いてある約束を信じます。聖書は神の国を約束しています。死んだらイエス様を信じる人は、神の国に迎えられると約束されています。これ以上は私には書けません。

これを読んで,グッときました。
図らずも,「ああ,私も実はそうだ」と思ったからです。

>また私の記事は、宗教、カウンセリングというように、きちんと別けて書いていません。そのとき考え感じたことを、そのときの気分で書いたものです。ですからトラバックに関して、ご迷惑をかけたかもしれません。
改めてお詫びします。

いえ,戸惑いは感じたものの,迷惑とは感じていません。
迷惑だと思ったら,返信を差し上げることはなかったでしょう。
「宗教」と「心理系」の使い分けは,私の流儀でしたのに,
のんちさんにまで押しつけてしまったことに,ここで気づかせていただきました。
お詫びをしなければならないのは私の方です。

今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: ct(MAGIS) | 2007年1月 8日 (月) 22時56分

高良先生ですか?

投稿: ぶち | 2010年7月27日 (火) 13時08分

>>ぶちさま

個人名については,お答えしかねます。

投稿: magis(管理者) | 2010年7月27日 (火) 14時25分

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