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2007年1月 1日 (月)

コンプレックス

070102_0_1 今年の"NEW YEAR"は,初めて国外で迎えました。移民(大部分が英国からですが)が52パーセントもいる,その国の港町に6日間滞在したのですが,港ではニュー・イヤーに合わせて大花火大会が催されました。治安は良い方の街だったので,新年のカウントダウンの2時間くらい前から,家族で連れ立って港の方へ繰り出しました。立錐の余地もないほど,港の公園は人・人・人・・・でした。酔っぱらった若い男性が,何人か私の家族(女性4人)に絡んできたりしましたが,そんなに大きな問題にもならずに,やり過ごすことができていました。私たち家族の周囲には,大学生か20代の男女のグループがいて,すぐに打ち解けた雰囲気になりました。この街では,アルコールを「家の前以外」の道路で飲むことが禁止されていると聞いていたので,私は(大好きな)アルコールを持たずに,その花火大会を見に行きました。しかし,この日だけは特別だったようです。私たち家族は,先ほどのグループの中の,ある姉弟と知り合いになり,妻と私は,新年が明ける30分くらい前に,その姉弟から缶チューハイ(みたいなリキュール)をいただいてしまいました。日本人らしく(?)遠慮したのですが,その姉弟が"HAPPY NEW YEAR"と繰り返し言いながら,勧めてくれたので,「サンキュウ・ベリ・マッチ」と日本英語(?)で言いながらいただきました。 070102_1

そうして,周囲の若者たちと,私の家族で新年のカウントダウンを待っていたのですが,新年の20分くらい前にアクシデントが起きました。 私は突然,背後から何者かに背中を押され吹っ飛ばされたのです! 実は,元々ギックリ腰の状態だったので,その痛みは,気を失う程でした。 2メートルくらい飛ばされましたが,本能的に地面すれすれで体勢を立て直し,かろうじて転倒はしませんでした。しかし,持っていた缶チューハイが次女にかかってしまいました!私は,これも本能的に,背中を突いた者の方を向きました。風貌や鼻の下の髭から,イスラム系の人に似ていました。しかし,定かではありません。体勢を整えつつある私を見ながら,その男は,何ごとか私に罵りの言葉を浴びせながら,歩き去って行きました。

(私はもちろんですが),私の家族と,先ほどの缶チューハイの姉弟はとてもびっくりしました。家族は日本語で一斉に「大丈夫!?」と寄ってきました。即座に,「大丈夫!」と答えました。そして,缶チューハイをくれた姉弟の姉の方も,多分英語で,「大丈夫か?」というような意味のことを言ってくれたのだと思います。なぜ,「思います」と書いたのかというと,私にとっても,周囲にとってもあまりに急であったことと,私の語学力のなさから,彼女が私にどんな言葉をかけたのか,正確にはわからなかったからです。 しかし,間違えなく,「大丈夫か?」という意味のことを言ったと思います。なぜなら,私が,"I'm OK."と言ったのか,"All Right."と言ったのか(これも覚えていませんが),そんなようなことを言ったら,「ああ,良かった」という意味のリアクションをしてくれたからです。

さて,この事件から一日経って,このブログを書いていますが,私を乱暴に突き飛ばした男が,言語で何と言ったのか,わかりません。そもそも何語で怒鳴られたのかもわかりません。また,私を心配してくれた姉弟が何と言ってくれたのかもわかりません。それも何語だったのか?それまで彼等は英語を話していましたから,英語なのでしょうが・・・。 しかし,わかっているのは,私を突き飛ばした男は私が邪魔で敵意を持っていたこと,そして,直前に知り合った姉弟は私を思いやってくれたこと。 どちらも,コミュニケーションがとれていたわけです。もちろん,私を突き飛ばした男性のコミュニケーションの仕方は下手ですし,私は,悲しいし,痛いし,怒っています。ゆるせない気持ちもあります。 しかし,彼と私は明らかにコミュニケートしました。なぜなら,私は,突き飛ばした男にも反応しましたし,心配そうに声を掛けてくれた姉弟にも反応したからです。

ある心理学の本に, "The meaning of your communication is the response that you get." と書いてあります。私が男に突き飛ばされてそのまま倒れ込んでいたら,(あるいは,押されても,まったく微動だにしなかったら,)つまり,無反応だったら,コミュニケーションは成立しなかったでしょう。また,心配してくれた外国人の姉弟に,私が何らかのメッセージを発さなかったら,コミュニケーションは成立しなかったでしょう。しかし,かろうじてどちらにも反応することができました。そして,そのどちらも,言語的な反応ではありませんでした。正確に言えば,何某かの言語は発していたのですが,それ(言語)でコミュニケーションしたとは到底思えません。

そもそも,この一連のコミュニケーションの始まりは,見知らぬ男が,私を突き飛ばすという,極端なボディ・ランゲージから始まったわけです。例の姉弟も私に何と声を掛けたのかわかりません。ただし,明らかに,顔の表情や,座り込んだ私の目線まで下がってきて語りかけてくれた姿勢から,心配してくれている様子が伝わってきました。

070102_2 アルバート・メラビアンという心理学者(アメリカ)は,「人の行動が他人にどのように影響を及ぼすかというと,話の内容などの言語情報が7%,口調や話の早さなどの聴覚情報が38%,見た目などの視覚情報が55%の割合である」という仮説を立てています。つまり,私たちは普段,他人とコミュニケーションする際,話の内容ではなく,話し方やボディ・ランゲージによって,9割以上の情報を交換しているというわけです。

これを実感したニュー・イヤーでした。

久しぶりに英語圏に行ったのですが,私は英会話がとても苦手です。話すのも苦手ですが,聞くのはもう全然ダメです。「パードゥン?」とか「プリーズ・スピーク・モア・スロウリィ」を連発した挙げ句,「アイ・ドント・アンダスタンド」となってしまいます。だからというわけでもないのですが,この旅行中に,中島義道著『英語コンプレックス脱出』(NTT出版 2004年)という本を読みました。

誠実でありさえすれば,英語の知識や発音,コミュニケーション能力,コンプレックスの効用など,これまで述べてきたことすべてはどうでもよくなる。世界は単純な相貌を見せ,ただ「彼(女)に同じように誠実に対さねばならない」という使命感が全身を貫く。228ページ)

突き飛ばされた私を心配して声を掛けてくれた外国人の姉弟との短いやり取りを通して,私はこの中島義道氏の言っていることを体で学んでしまいました。痛かったですが・・・。

なお,この本では,この後,「これに気づけば英語コンプレックスは自然治癒する」と中島義道氏はまとめていますが,さ~て,私の場合はどうでしょうか?

それより,私はこのギックリ腰が治って欲しい。正月で医者も骨接ぎもやっていないので,こちらの方は自然治癒させるしかないか。まあ,Wiiをやるのはちょっと控えておきます。家族からも禁止されていますから(*_*)

どうか,皆様,今年も,ブログ「マジス」をよろしくお願いします。

追記:

一部に文字化けがあったため,1月2日午後12時45分に,それらを修正し,少し加筆してあります。

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コメント

A Happy New Year!

今年もよろしくお願い致します。

誠実に接すること。それがコミュニケーションには一番大切なのだなと思いました。言葉以前の問題なのでしょうね。


今年もMAGISさまのブログに遊びに来ます。
今年がMAGIXさま&MAGISさまのご家族にとってよい一年でありますように。

追伸:ぎっくり腰、早くよくなるといいですね。

投稿: piyo | 2007年1月 2日 (火) 08時59分

>>piyoさま

あけましておめでとうございます。
今年の初コメントをありがとうございます。

>ぎっくり腰、早くよくなるといいですね。

はい。
10年ぶりくらいです。
サンタさんが子供たちに持ってきたWiiを一度やらせてもらったら,この有様です。
なさけない・・・。

今年は,なるべく体を動かすことをしたいと思います。

piyoさんにとっても,今年が良い年となりますように!

投稿: ct(magis) | 2007年1月 2日 (火) 13時03分

あけまして、おめでとうございます。
 昨年は、ひょんなことから、先生とmixiを通して、再会でき、とっても嬉しかったです。
 
家族みなさんでの海外での年越し、素敵ですね♪
満喫していらっしゃる頃でしょうか?!

腰の具合も、大丈夫でしょうか。 ふいに背後からって、こればかりは、よけようもありませんよね・・・。 早く、よくなりますように。。。

それにしても、私も英語は、苦手ですが、先生のこの出来事を通して、勿論、言語を話せるにこしたことはないけど、やはり、人は、お互いの表情や話し方、体の動きなどで、ある程度は、理解できるものなんだなあと感じました!

確かに、娘を見てると、まだ日本語でさえ、やっと話せるレベルなのに、気づくと外国の子供達や他の日本人の子供達と盛り上がってるのを見ると、言葉が通じなくても、心と心でコミュニケーションが取れてるから、笑いながら、やり取りができてるんだな。と思います。

なんか、今年も私は、娘からイロイロと学ぶことが多そうです♪
先生の日記も、昔、学校で学んで忘れていたことを思い出すことが出来るので、いつも楽しみにしております!
 今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
 

投稿: koto | 2007年1月 2日 (火) 18時44分

>>kotoさんへ

あけましておめでとうございます。
新春早々のコメントをありがとうござます。
私の腰の具合はだいぶ良くなりました。ご心配いただき,どうもありがとうございました。

>昨年は、ひょんなことから、先生とmixiを通して、再会でき、とっても嬉しかったです。

いえいえ,私の方が嬉しいですよ。
特に私はJOSEPHを35歳で辞めてしまい,
鶴見の学校で行われるいろいろな行事には顔を出せないので,
余計に嬉しいわけです。
JOSEPHにいた頃は,ずいぶんとがむしゃらに突っ走っていました。
あんな働き方では長続きしないのが当たり前でした。
でもあの頃に出会った生徒さん(僕が授業を持ったのは,25回生から37回生までです)が,間違えなく今の「カトリック教師としての」私の基本部分を形成して下さいました。
ヨゼフは2クラスしかなかったこともあり,生徒のことを実に良く覚えてます。

>娘を見てると、まだ日本語でさえ、やっと話せるレベルなのに、気づくと外国の子供達や他の日本人の子供達と盛り上がってるのを見ると、言葉が通じなくても、心と心でコミュニケーションが取れてるから、笑いながら、やり取りができてるんだな。と思います。

本当にその通りですね。
子供を育てていると,いろいろなことを教えられます。
(そうは言ってもkotoさんは航空会社に勤務していたのだから,私などとは比較にならないほど,言語,特に英語によるコミュニケーションもお出来になることでしょう)

>なんか、今年も私は、娘からイロイロと学ぶことが多そうです♪

そんな風に考えられるkotoさんは素晴らしいママですね!
考えてみれば,私たちも「親としての」年齢は子供と同じなのですよね。
子供が3歳ならば,親としても3歳ですし,
子供が17歳ならば,親としても17歳ですね。
共に育っていくものですね。

それから僕は今年「教師として」21歳を迎えます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

投稿: ct(magis) | 2007年1月 4日 (木) 01時25分

ctさん、
新年おめでとうございます

海外で新年ですね♪
異文化での年の初め、素敵ですね

でも、腰は辛そうです・・・
どうぞお大事にされてくださいね

本年もどうぞ宜しくお願いいたします

投稿: Lucia | 2007年1月 4日 (木) 06時47分

>>Luciaさんへ

新年おめでとうございます。
コメントをありがとうございます。
腰は順調に回復しています。
今年もどうぞよろしくお願いします。

投稿: ct(Magis) | 2007年1月 5日 (金) 00時21分

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