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2007年1月22日 (月)

他のありよう

不便なところに住んでいるので,家族を最寄り駅まで迎えに行くことが多い。
大抵,電車の到着時刻に合わせて私がちょっと先に着き,
少しすると,妻とか娘とかがが車に乗ってくる。
その数分から10分待ち時間の暇つぶしのために,
車には,一冊の本が置いてある。
スーザン・ヘイワード『聖なる知恵の言葉』(PHP研究所 1995)だ。

実はこの本,昨年,「ブックオフ」に古本を売った際にもらったサービス券で買った。
多分,100円か200円だったと思う。

今日,こんな言葉を見つけた。

体験を決めているのはあなた自身です。
環境が決めているのではありません。(ギタ・ベリン)
ところで,いま,高一ゼミ『自分とつきあう』という講座で,V.フランクルの『夜と霧』を読んでいる。
精神科医フランクルのナチス強制収容所体験記だ。彼は次のように語り,死と隣り合わせの強制収容所においてさえ,人間の態度のありようには選択の余地があったというのだ。
経験からすると,収容所生活そのものが,人間には「ほかのありようがあった」ことを示している。(略)感情の消滅を克服し,あるいは感情の暴走を抑えていた人や,最後に残された精神の自由,つまり周囲はどうあれ「わたし」を見失わなかった英雄的な人の例はぽつぽつと見受けられた。一見どうにもならない極限状態でも,やはりそういったことはあったのだ。強制収容所にいたことのある者なら,点呼場や居住棟のあいだで,通りすがりに思いやりのある言葉をかけ,なけなしのパンを譲っていた人びとについて,いくらでも語れるのではないだろうか。(略)人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが,たったひとつ,あたえられた環境でいかにふるまうかという,人間としての最後の自由だけは奪えない(フランクル『夜と霧』池田香代子訳 みすず書房 2002年 ページ110)
人間としての最後の自由。それは,環境に対するありようだというこだ。
人間は環境を変えることのできる唯一の動物であると言われているが,
それ以前に,
人間は環境を変えなくてもありようを選べる唯一の動物なのかもしれない。




今日も迎えに行った車に妻が乗り込んできた。
(この瞬間が私はとても好きなのだが)
家に向かう途中,妻は
「なんて暑いの。この車」と言って窓を開けた。
(この瞬間はあまり好きではないが,もう馴れた)
その度,私はコートの襟を立てる。



2人を乗せた車は走り続ける。

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コメント

死と隣り合わせの状況で、それでも他人への愛と思いやりを持ち続けて過ごす人がいたなんて、考えたこともありませんでした。収容所の中は怒りと怯えとあきらめに満ちているものだと思っていたからです。
どんな環境の中であっても、自分の気の持ちようや、ふるまい方次第で、心豊かに過ごせるのだということがわかりました。

大切なことを教えてくださって、ありがとうございます。

投稿: Go!Cardinals! | 2007年1月22日 (月) 05時16分

>>Go!Cardinals!さんへ

コメントをありがとうございます。
10年くらい前でしょうか?
『タイタニック』っていう映画が流行りましたよね。
あの映画の中でも,
沈没していく船の中で,人はそれぞれの生き方(=死に方)を
選択していましたよね。
Go!Cardinals!さんのコメントを読みながら,思い出しました。

投稿: ct(Magis) | 2007年1月22日 (月) 23時19分

「夜と霧」、高校生の頃に一度読んでショックを受けた覚えがあります。
そのときに読んだものは旧版だったのですが、新訳が出たのですね。
もう一度、今度は新訳で読んでみたいと思います。

投稿: ソラ | 2007年1月23日 (火) 22時24分

>体験を決めているのはあなた自身です。
環境が決めているのではありません。(ギタ・ベリン)

本当にそうですね。
自分の不運を環境のせいにしてはいけませんね。
今回の内容とは少し違うかもしれませんが、こうおもいました。

投稿: piyo | 2007年1月24日 (水) 22時03分

>>ソラ様

>「夜と霧」、高校生の頃に一度読んでショックを受けた覚えがあります。

高校生にとっては,かなりショッキングでしょうね。
尤も私は今,高校生と一緒に読んでいますが。

>そのときに読んだものは旧版だったのですが、新訳が出たのですね。

はい。
池田香代子さんの訳が同じ出版社から出ました。
旧版の翻訳者の霜山先生もはしがきを寄せられています。
ブログでは新訳を載せましたが,
実際の高1ゼミでは,実は旧版(霜山先生の訳)の方を読んでいます。
これは生徒からのリクエストです。

「夜と霧」は,米国の公的な機関が近年実施した「100年後にも読み継がれて欲しい本ベスト100」というアンケート調査で,第7位に入ったそうです。心理・精神医学関係では堂々のナンバー1だったそうです。

投稿: ct(Magis) | 2007年1月24日 (水) 23時44分

>>piyoさんへ

コメントありがとう。
きっと超多忙な生活を送っているのだろうと
気にしています。

投稿: ct(MAGIS) | 2007年1月24日 (水) 23時46分

ct (MAGIS) さんへ
 わたしの学校では高3の「倫理」の時間で「夜と霧」を読みます。霜山訳のほうです。
 この本は三重苦を背負っていると言って読みます。一つは「この本の書かれた現実の醜さ」ひとつは「フランクルのドイツ語の原作の読みにくさ」そしてあと一つは「訳の難解さ」です。池田訳になって少し読みやすくはなっているようですが、あえてこの「三重苦」を背負った訳で読みます。
 何度も苦労して読み直しているうちに、ダイヤモンドのきらめきを読みとるようになるのです。こんな状況のなかで生きる人間の姿に「人間の尊厳」を読みとることができるもっとも福音的な書の一つだろうと思います。
 ただこの本はひとりで読むと、ほとんど挫折する本です。だからこそ学校の授業で読むべき本だと思うのです。

 ついでに、このような「福音的な本」として「歓喜の街カルカッタ」(ドミニック・ラピエール著 河出文庫)をおすすめします。カルカッタ(今はコルカトというんだっけ?)のスラムがなぜ「歓喜の街」なのかを教えてくれます。この現実もまた読みにくいけれど、「人間の尊厳」について教えてくれます。
 これは「シティ・オブ・ジョイ」という名の映画になっています。この映画を実は明日学校の「宗研」の合宿で高二の生徒と見ることにしています。この映画もひとりで見ると挫折するでしょう。この映画もいいけれど、文庫の本はもっとずっといいです。

 あ、そうそう。土曜日27日はよろしく。

投稿: mrgoodnews | 2007年1月26日 (金) 00時53分

>>mrgoodnewsさんへ

コメントありがとうございます。
ソラさんへのコメント返信にもあるように,私も
「ゼミ」では,霜山訳を使っています。
(私は霜山先生の孫弟子なのです)

「歓喜の街カルカッタ」のご紹介ありがとうございます。

>あ、そうそう。土曜日27日はよろしく。

はい。たった今,準備を始めたところです。


投稿: ct(magis) | 2007年1月27日 (土) 03時48分

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