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2007年1月 4日 (木)

割り切れないけれど・・・

任意の2つの自然数(1,2,3,・・・のことです。日本の中学校の教科書によれば)を選んだとき,一方が他方で割り切れることは,圧倒的に少ないのは当たり前ですよね。たとえば,16と3を選べば,「16÷3=5余り1」となるわけです。18と9とか,100と25のように,たまたま,商が整数になり,余りがでないことの方が,ある意味で(大袈裟に言えば)「奇跡的」なわけです。なぜなら,自然数は無限に存在するのですから・・・。無限に存在する自然数から,任意の(かってな)自然数を2つエイっと選び出したとき,それらの一方が他方を割り切ることなんて,ほとんど期待できないわけです。なんか珍しく数学の先生みたいな(といっても私の職業は数学教師ですが)話をしていますが,ここから書くことはあまり数学と関係ありません。

元旦のブログは,元旦に相応しくなく「コンプレックス」なんてタイトルで書きました。
でも,実はいろいろ考えて,そのタイトルにしました。
その中で,哲学者の中島義道氏の著書『英語コンプレックス脱出』(NTT出版 2004年)から,少し引用しましたが,この本は,比較的平易ながら中身がとても濃い本です。その濃い中身を一言で総括しますと,英語コンプレックスは,人間の持つコンプレックスの一つの露呈のしかたであるということが書かれています。他の何か(英語そのものの場合も含む)に対するコンプレックスの一つの表れであるというのです。中島義道氏は,この本の本文230ページのうち,なんと220ページも費やして,このことを,非常に多くの「日本人論」(多くは新書のような一般向けの本)を年代別に,あるいは系統わけすることによって,読者に説得しています。というか,つじつまを合わせていると言った方が良いかもしれません。しかし,これはけっしてこの本に対する悪口を書いているのではありません。そもそも一般向けの評論とはそういうことをすることだと思います。

そして,残り10ページで,中島氏は,そのコンプレックス一般を解消する「生き方」を非常に簡潔に五つに整理しています。(221ページ)

1.無理につじつまを合わせることをやめる。
2.コミュニケーション・スキルを高める。
3.自分をあえて困難な立場に追いやる。
4.コンプレックスを(ある程度)肯定する。
5.人生で最も大切なことを見失わない。

以上の5点です。
5番目の,「人生で最も大切なことを見失わない」については,元旦のブログの最後の方で触れさせていただきました。それは,誠実に接することだったわけです。
さて,1~4までについての説明を全部書いてしまっては,(書きたくてしかたないのですが)いろいろと差し障りがあるので,1のつじつまを合わせることをやめるについてだけ,言及します。一カ所だけ引用しますと,

何ごとにせよ無理につじつまを合わせるところに,嘘がはびこり,”世間体”がはびこり,個人のなまの感受性を抑え込む暴力がはびこる。人間とは矛盾だらけのものであり,けっして割り切れないものであり,つじつまの合わないものである。このことを徹底的に悟るとき,あらゆるコンプレックスは希薄化の方向に向かうように思う。(223ページ。太字や下線はMAGISによります)

とあります。まったく同感です。
今日の冒頭に書いたように,数でさえ割り切れないのですから,ましてや,人間の心の葛藤が割り切れる筈がありません。
しかし,われわれは,こころの中で,「100÷75=1余り25」とすべきところを,「100÷75=1」としてしまっているのではないでしょうか?「77÷33=2余り11」とすべきところを「77÷33=2」と済ませているのではないでしょうか?これは,割り切れない気持ちを抑圧して生きる生き方です。しかし,抑圧されたもののエネルギーを侮ることは実は大変危険です。
さまざまな理由から余りが蓄積されれば,私たちは精神的債務超過に陥ることでしょう。しかし,私たちはそんな中でも生きていかなければなりません。そんなとき,中島義道氏が言う「人間とは矛盾だらけのものであり,けっして割り切れないものであり,つじつまの合わないものである。このことを徹底的に悟」ことに心を回すことができたら少し良い方向に進めるかもしれません。

小学校で割り算を教えるとき,日本の教科書では,はじめは,「4÷2=2」とか,「63÷9=7」とか割り切れるものばかり最初に教えます。それから,しばらくしてから,余りの出る割り算をやるのです。しかし,日本でも,はじめから余りが出る計算を交えて導入する実践報告を,ず~と前(15年くらいかな)の研究大会で聞いたことがあります。また,フランス(だったかドイツだったか)の教科書には,導入時に,「割り切れるのはどれか」という問題が載っていました。尤も欧米では,教科書を日本のような使い方をしないのが通常だそうです。

何ごとも割り切れないことの方が圧倒的に多いこと。そして,割り切れずに残ってしまった自分の気持ちにも居場所や逃げ場を与えてあげることが,今年の私の課題の一つです。

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コメント

明けましておめでとうございます。
お腰のほうは大事ないでしょうか?ボクもぎっくり腰経験者ですので、ご窮状お察し申し上げます。。。

さて、このエントリ、割り切れないことのほうが多いというご指摘、なるほど~と感じ入りました。確かにボクたちは、無意識のうちに「割り切れること」を求め求められているのかもしれません。

でも、余りが出たっていいじゃないか、という心構え、忘れないようにしたいと思います。

任意の2つの自然数を選ぶという行為を行うとき、「割り切れる」ものを選ぶよう、自ら(もしくは抑圧されて)選択肢の幅を狭めているのかもしれない。

そんな「窮屈さ」を、自分にも他人にも強いることから逃れられるのかな?是非そうありたいです。

では今年もよろしくお願いいたします。

投稿: いっちゃん | 2007年1月 5日 (金) 23時06分

>>いっちゃんさんへ

コメントをありがとうございます。

>余りが出たっていいじゃないか、という心構え、忘れないようにしたいと思います。

そういえば,井上洋治神父の『余白の旅』(日本基督教団出版局)という,とてもおもしろい本があったことを思い出しました。
1980年の本ですから,もう絶版でしょうかね。

今年もよろしくお願いします。

投稿: ct(magis) | 2007年1月 6日 (土) 21時24分

『余白の旅』まだ新品で入手可能のようです。
買いたい本リストに追加しておきます!

投稿: いっちゃん | 2007年1月 7日 (日) 00時52分

>>いっちゃんへ

『余白の旅』がまだ手に入るとは嬉しいことです。
どうしても読んでほしいというわけではないけれど,
読書家のいっちゃんだから紹介しました。
著者の井上洋治神父は,遠藤周作氏ともっとも親しかった司祭と思います。

投稿: ct(magis) | 2007年1月 7日 (日) 00時59分

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