答なんか・・・
勤務校では,高1対象に「ゼミ」という授業が時間割の中にあります。
今は,文部科学省学習指導要領の『総合的学習の時間』の単位にカウントされていますが,
勤務校では,文部科学省が『総合的学習の時間』なんて言い出す前から,実施しています。
私は数学教師ですが,『自分とつきあう』という,なんだか怪しげ(?)なゼミを担当しています。
それはさておき,
それらのゼミの中に『社会のしくみを考える』という,またまた怪しげ(=面白そう!?)な講座があります。
このゼミの一大特徴は,1年間,毎回講師が変わるということです。
講師は卒業生が務めるのですが,原則として,41歳年上のOBが講師としてやってきます。
でもって,今日はたまたま数学の先生がやってきました。
実は私も数学教師なのですが,今日の数学の先生はすごかったです。
何がすごいって数学へののめり込み具合がすごいのです。
なんでそんなことを知っている(同じ時間帯の裏番組授業なのに)のかというと,
この『社会のしくみを考える』という講座だけは,
放課後に,ほぼ同一内容で,中一から高三まで自由参加のオプションコースがあるのです。
通称『OBゼミ』といいます。
私は今日,それに出てきたのです。
さて,そこで講師の先生がこんなことを言っていました。
「正しいとわかっていることを学ぶのはつまらない。
寧ろ,正しいかどうかわからないことを考えるのが面白い。
つまり,正しいことが証明できるのか,
それとも,正しくないことを立証する例(反例といいます)があるのかを探ることが面白い」
そうだなあと思いました。
少し話が飛躍するようですが,私たちの生き方も実は同じであるような気がします。
私たちは,ついつい,人生の意味,生きる意味を問うてしまいます。
でもそれはある意味で,すでに既知の正しさを求める姿勢のように思います。
でも,もう一度よく考えてみたら,その正しさが自分にとって意味があるものなのかどうなのか・・・。
この点がすごく重要だと思います。
もう一度,書きますが,私たちは,ついつい生きる意味を問うてしまいます。
しかし,問う前に,生きることが前提です。
実は私たちは,生きながらにして問われている存在なのだと思います。
しかし,私たちは弱いですから生きる前に答を探してしまいます。
でも,答なんか・・・・・。
わかっていたら,つまらなすぎます。
でもでも,求めたくもなります。
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» 正しいかどうかわからないことを実現する [心のさかば]
いつも読ませていただいているMAGISにこんなことが書かれていました。 正しいと [続きを読む]
受信: 2007年2月15日 (木) 23時58分
コメント
インスピレーションがわいたので、トラックバックさせていただきました。今回は、ゴールがわからないときのソフトウェア開発のお話です。幸せは身近なところにあると思って書きました。
投稿 さかば | 2007年2月16日 (金) 00時06分
お久しぶりです。しばらく日記を更新されていないのでどうされたのかな、と思ってました。
生きる意味、というよりは、生きていることに意味がある。
確かにそうですね。
私は最近自分は中途半端だと思うのです。キャリアウーマンというにはいまいちだし、結婚もしていないし。
でも、私にもきっと意味はあるんですよね。
答えが出なくても、いいですよね。
明日でるかもしれないし、あさって出るかもしれないし。
でないかもしれないし。
それでも。
投稿 piyo | 2007年3月 4日 (日) 22時45分
こんにちは
新しいアドレスでブログを続けています。「ブログの輪」のアドレス変更をお願いできますか?お手数をおかけします。
投稿 みちる | 2007年3月18日 (日) 07時53分
春ですね
聖週間です。お忙しくお過ごしなのかなと思っております。働くものにとって年度末は何時も文字通りの四旬節だと思っております。復活の日を楽しみに今日もたずねてまいりました。
投稿 mugisan | 2007年4月 2日 (月) 09時00分