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2008年9月 2日 (火)

「わたしの気前のよさをねたむのか」

「わたしの気前のよさをねたむのか」

新約聖書マタイ福音書20章15節の聖句です。

朝から働いた者にも、夕方から少しだけ働いた者にも、同じ賃金を与える主人(=神)に対して、朝から長時間働いた者が不平を言う。それに対して主人が発した言葉です。有名な「ぶどう園の労働者」の譬え話からの一節です。

一見非現実的な論理ですが、これは教育の現場では普通に行われていることだと思います。

私は数学教師をしています。生徒に問題を解かせるとき、早くできた生徒にも、時間がかかってやっとできた生徒にも同じようにマルを付けます。そしてむしろ時間がかかって最後にやっとできた生徒にマルを付けるときの方が嬉しいものです。自分は神の真似をしているなどということを書いているのではありません。能力主義、成果主義を原理とした競争社会では受け容れられない、このような「気前のよさ」がまだ教育現場では残っているということを書きたいのです。

神は多く働けた者に、神ご自身のよさに気づくよう警告しています。神ご自身のよさとはすべての人ひとり一人を大切にするということだと思います。一時間しか働かなかった者は、実は一時間しか働けなかった者かもしれません。そうした者こそ神の助けを必要としているから、この譬え話でも、「最後に来た者」の方に先に賃金が渡されるのだと思います。

昨日、この国の首相は唐突に辞任してしまいましたが,前々政権以降あまりにも気前よく教育関連法案の成立が続きました。しかし、本当に大切な「気前のよさ」を教育の現場では大切に守っていきたいと思います。

微力ですが、新学期を迎えるにあたって、そう思っています。

※ この文書は,キリスト新聞昨年8月4日号に掲載の拙文を元に書いたものです。

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コメント

マジスさん、お久しぶりです。
日記の再開、嬉しいです。

聖書のこの言葉。
わたしも今ひとつわかりにくかったのですが、今日の文でよくわかりました。
ありがとうございました。

投稿: コマちゃん | 2008年9月 2日 (火) 02時23分

マジスさんのような方に教育を受けられる生徒さん達は幸せですね。
そう、この世の中競争社会で成り立ち過ぎていると思います。
すべて人対していけないこととは思いませんが、教育の場ではそうであって欲しくありません。
どうぞ心の目で子供たちを見守り続けてください。

投稿: あや | 2008年9月 2日 (火) 05時30分

お久しぶりです

う~ん
僕も長時間労働者の立場だったら
ネタんでしまいます

っていうか
今、働いている事務所内でも
誰それの方が短いだの、長いだの
給料が高いだの

些細なことでネタみまくっております


僕は特にキリスト教を信仰しているわけでは
ありませんが
マジスさんの日記は好きなんで
また更新してくださいね

投稿: 那須くま | 2008年9月 2日 (火) 21時17分

>>コマちゃん

1年半ぶりに更新したブログに,
旧友(?)であるコマちゃんが,真っ先にコメントを寄せてくださって感謝しています。
その間のコマちゃんの動向については,コマちゃんのブログ等で承知しています。

コマちゃんが,また,葉山の耕心塾で,新しい学校づくりの話ができたらいいなあなんて思っています。
これからも,ブログ・magisをよろしくお願いします。

投稿: magis(管理者) | 2008年9月 2日 (火) 21時39分

>>あやさん

あやさん・・・ですよね。
くるくる橋を今日も勤務の行き帰り通りましたよ。
ブログも読んで下さって,ありがとうございます。

>この世の中競争社会で成り立ち過ぎていると思います。
仰有る通りだと思います。
これを糾していくのは教育の現場であるはずなのですが,
私自身,あまりに微力過ぎて,悔しく情けない毎日です。

>どうぞ心の目で子供たちを見守り続けてください。
そのように心がけ,努力をしていきたいと思います。

これからも,magisをよろしくお願いします。

投稿: magis(管理者) | 2008年9月 2日 (火) 21時50分

>>那須くまさん

>お久しぶりです
本当にそうですね。
大柄なくまさんを思い出すとなんだかホッとします。

>些細なことでネタみまくっております
はいはい。私も・・・。
ネタむことなら人後に落ちません。(トホホッ)

>マジスさんの日記は好きなんで
>また更新してくださいね

ありがとうございます!
まあ,ボチボチいきますよ。
また,ネイチャーゲーム,ご一緒したいです。


投稿: magis(管理者) | 2008年9月 2日 (火) 21時56分

久しぶりの再会、うれしく思います。
気前のよさ、確かに、長時間働いたタイプの人間なので、同じ苦情を神様にいいそうです。

投稿: piyo | 2008年9月 6日 (土) 14時17分

>>piyoさん

ああ,piyoさん!

>久しぶりの再会、うれしく思います。

私の方こそ!
1年半もこのブログを留守にしていたのに,
訪ねてきてくださって,感激です。

>気前のよさ、確かに、長時間働いたタイプの人間なので、同じ苦情を神様にいいそうです。

相変わらず,お忙しくしておられるわけですね。

piyoさんの「うつらうつらとまどろみながら」がなくなってしまったことは
少し残念ですが,これも,良い方向へ向かう変化と考えれば良いわけですね。
音楽活動も再開されているご様子,別のページで,しばしば見させていただいていました。

今後も,このブログをよろしくお願いします。

投稿: magis(管理者) | 2008年9月 7日 (日) 00時58分

聖書の分かち合いで、書かれている内容の前半部分を紹介したところ、みなさん聖書の内容が身近に感じられたようです。

競争社会であることを前提に読むと理解しがたい内容ですが、学校の先生や親というのは、ようやくできた子供ほどかわいいのですよね。そう思うと、神さまの考えも納得できました。

投稿: さかば | 2008年9月22日 (月) 00時24分

>>さかばさん

聖書の分かち合いで,紹介してくださったとのこと,ありがとうございます。

投稿: magis(管理者) | 2008年9月23日 (火) 17時36分

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