« 居心地の良い集団 | トップページ | 近道はただそれだけのこと »

2009年1月 3日 (土)

正直者がホームレスになる

M君
毛布が必要か,必要でないか。本人の意思を聴き尊重することが大切だと思う。
(そうだよな。僕なんかついつい自分の価値観で考えてしまうよ。これって相手を大事にしていないってことだよね)

F君
「ありがとう」と言われて嬉しかった。ここにいるかいないか(野宿者となるかならないか)は,自分のせいとかではなく,運・不運ということだと思う。でも,やっぱり,この状況はおかしいと思う。
(そうそう,「ありがとう」って言われると,「ああ,俺なんかでも人の役に立てるんだ」って思えるよな。あと,「おかしい」と思える感覚は大事だよ。その感性を大切にして)

S1君
人としてのレベルはここにいる人の方が他の人より上だと思う。あと,(ガソリンを浴びせて火を点けるなど)少年の集団での襲撃はあまりにひどいことだと思う。
(人としてのレベルか~。ここにいる人たちは上品に生きているってことかな)

T君
線路の向こうは通天閣とかある新世界。あまりにも境界がハッキリしすぎている。
(うん。明らかにここは行政によって作られた街だな)

S2君
交番の前にひどい怪我をした人が転がっていたのに放って置かれていた。ここでは警察は弱い者の味方ではなかった。

(確かにここの警察官は,おっちゃん達が人からもらった自転車に乗っているだけでしつこく「お前のか」って聞くのに,博打や売春に対しては熱心じゃあなかったなあ。みんなが悪い警官とは思いたくないけど・・・)

A君
ここにいる人たちは,政治的に過激だなあと思った。

(自分たちがこんな目にあっているんだもの。政治に恨みを持つよなあ)

H君
夜回りをするということは,寝ている人を起こすということなのだけれど,そんな悪い環境の中でも,おっちゃん達は笑顔を見せてくれる。
(笑顔は相手を元気にするよね。やっぱりここでは僕たちの方が元気をもらっている)

O君
正直者がホームレスになるのかなあ。
(確かに,ここのおっちゃん達は,クソ真面目だよね。一緒に炊き出しとかしていると,皿の洗い方ひとつ取ったって,きっちりと流儀が決まっていて妥協しない。悪くいえば融通が利かないねぇ。だから,たまに仕事にありつけると極限まで働いちゃうらしいよ。使う側にとっては重宝だね。でも,要らなくなったら捨てられてしまう)

K君
世間一般に伝わっていることは真実ではない。
(その通りだね。「言わない嘘」って言葉があるよね。日比谷公園の派遣テント村には300人が集まったそう。でも,ここの場合,大阪南港の臨泊に1300人。そこにも行かない人が,こうやって野宿生活している。派遣村ではコンロが不足しているって報道されていたけれど,ここでは,コンロはあり得ないね。僕たちが参加した炊き出しだって,燃料は廃材だったものなあ)

Y君
自分は愚かでした。無知でした。なめてました。これからは本気で取り組まなければ。これが研修なんかでいいのかなあ。迷惑なんじゃないかなあ。自分の中では変化したが,自分が変わったところで,世の中が変わってくれる訳じゃあないから,どうすればいいのかわからない。
(君の気づきや変化こそが明日の世界を変えると僕は思う)

暮れの12月29日~31日,私は生徒と一緒に,日雇い労働者の町,大阪・釜ヶ崎(大阪市西成区あいりん地区)に行ってきました。世の中,派遣切りで大騒ぎになっています。それはもちろん深刻な問題で,放っておいてはいけない問題だと思います。しかし,そうした問題が語られるとき,釜ヶ崎のことも忘れてはならない筈です。釜ヶ崎は仕事にあぶれた労働者が数百人,時には千人単位で野宿生活をする町です。年間に路上で死ぬ人が200人という町です。こういうことに関する報道は非常に少ないし,行政からのサービスはほとんどないばかりか,行政は,ここでは,冬の寒さより冷たいのです。

前述の10人の生徒の感想は,3日間の釜ヶ崎体験(炊き出しと夜回りを2度ずつ)の最終日の分かち合い(シェアリング)の要旨です。なお,かっこ内の茶色い文字で書いてある部分は,私の感想です。実際の分かち合いでは,黙って聴いていました。

|

« 居心地の良い集団 | トップページ | 近道はただそれだけのこと »

コメント

素晴らしい活動してますね

参加者にとって自然体験とはまた違った気付きがあるのでしょうね

僕もこんな先生に会いたかったです

遅れましたがあけましておめでとうございます
今年もブログ楽しみにしてますので
よろしくお願いします

投稿: 那須くま | 2009年1月 3日 (土) 21時07分

久しぶりに書き込みします。
路上生活者を見かけたり、テレビで災害に遭った地域のことなどを耳にするたび、
いつも、何かできたら・・・という思いを持ちつつも、結局何も行動に移せずにいる自分がいます。情けないです。

投稿: Go! Cardinals!! | 2009年1月 3日 (土) 21時47分

無事?-30℃の世界から帰国しました。

私一個人の意見としては、大人のホームレスの方のhelpは抵抗があります。
本当に、必死になって職を探しているのか疑問を持ってしまいます。
わたしが依然お正月に炊き出しをボランティアした人たちはお酒の匂いをさせていました。
もちろん行政が動かなければ難しい問題が山積みだとは思いますけど。

それならば教育を受けられない子供、虐待を受けている子供、不衛生で死を迎える子供に
手を差し伸べたいです。子供には罪はないのですから。

だけど、生徒さん達には大変良い経験になったのではないでしょうか。

遅ればせながら今年もよろしくお願いします。
たくさんのhappyがマジスさん一家にありますように。

投稿: あや | 2009年1月 4日 (日) 08時14分

>>那須くまさ~ん

あけましておめでとう。
モンゴル村の新春はどんなですか?
今年こそ,くまさんの「モンゴル」に行ってみたいです。
春,夏,どの季節が良いのかなあ?

さて,
>参加者にとって自然体験とはまた違った気付きがあるのでしょうね
そうです。しかし,共通点もあります。
それは,「つながり」への気づきと,「自分」に向かう目の変化です。

>今年もブログ楽しみにしてますので
>よろしくお願いします

こちらの方こそ,よろしくお願いします。

投稿: magis(管理者) | 2009年1月 4日 (日) 15時53分

>>Go! Cardinals!!

こんにちは。

>久しぶりに書き込みします。

久しぶりですが,だからこそ,嬉しいです。
忘れずにいてくれたのですね。

>結局何も行動に移せずにいる自分がいます。情けないです。

そういう風に思う気持ちが貴いのではないでしょうか。
自分のことを書きますと,
僕だってGo! Cardinals!!さんのお歳の頃は何もしていませんでしたよ。

ところで,こんなところでなんですが,
ご結婚おめでとうございます!!!

投稿: magis(管理者) | 2009年1月 4日 (日) 16時05分

>>あやさん

帰国なさったのですね。
ご無事で何よりです。

>本当に、必死になって職を探しているのか疑問を持ってしまいます。

釜ヶ崎の職安は朝の4時半頃にシャッターが開きます。
ここは,日雇いの仕事が主です。
おっちゃん達は前の晩から野宿して順番待ちをしています。
それでも,仕事にありつけるのはホンの一握りの
比較的若い体の丈夫そうな人だけ。

ところで,
あぶれたおっちゃん達は,高齢だし,本来は働くなくていい筈。
生活保護を受けられるはず。
それで,行政の窓口に行っても,あり得ない対応で追い返されてしまいます。

そうしたおっちゃん達は,空き缶拾いの仕事をします。
一日に20~30kmも自転車で走って。
こういうおっちゃん,川崎や横浜でも見かけます。
アルミ缶は1個約2円で買い取ってもらえます。
だから,1000円稼ぐためには500個集めなければなりません。

>お正月に炊き出しをボランティアした人たちはお酒の匂いをさせていました。

な~るほど。働いてないのにお酒の匂いがするなんてって感じなんですね。
でも,日本ではお正月は誰でも(というわけでもないけれど多くの大人は)家でお酒飲みますよね。
おっちゃん達の家は路上だから,まあ,そこで飲むしかないのかもしれませんねぇ。
家があったのなら家で飲んでいたかもしれませんね。

暮れの東京なんか,
外(店)で飲んだ酔っぱらいが,平気で満員電車に乗り込んで来ますよね。
僕なんかそっちの方が嫌(自分もやるけれど)だなという感覚です。

あっ,なんか,話が逸れちゃいました。

>生徒さん達には大変良い経験になったのではないでしょうか。

生徒には贅沢な年末でしたよ。
「サービスする側にではなく,サービスされる側に主はおられる」
(聖書の訳者でもある釜ヶ崎の神父様に教えていただいた言葉です)
サービスする側にいた生徒たちは,
炊き出しに並ぶ人たちや路上で寝ている人たちの中にキリストを感じたことと思います。

釜ヶ崎にいる人たちは,元々,不器用に生真面目に働いて来た人たちが多いのです。
釜ヶ崎にいる人たちが一番したいことは仕事です。

やはり,釜ヶ崎は現代日本の縮図であり,最先端であり,最底辺だと,僕は思います。

投稿: magis(管理者) | 2009年1月 4日 (日) 16時39分

あけましておめでとうございます。
M君の「本人の意思を聴き尊重することが大切」という言葉に共感します。協力は善いことですが、ほどこしになると立場が対等でないようでなにか抵抗を感じます。そういう思いがあって、なにかしたいと思いつつも、行動できない自分がいます。でも、何かしたいです。

投稿: さかば | 2009年1月 4日 (日) 23時29分

>>さかばさん

あけましておめでとうございます。

>ほどこしになると立場が対等でないようでなにか抵抗を感じます。
おっしゃるとおりです。
私の勤務校の場合,中1の頃から,
さまざまな「訪問」や「招待」を任意参加で取り入れています。
それは児童養護施設であったり,ハンセン病が治った方々のいる病院であったり,
つまり,自分たちとは,違った環境に生きる人たちのところに行ったり,
招いたりしています。
そうした交流を通して,生徒からは「ほどこし」感覚は急激になくなっていきます。
むしろ,「遊ぶ」,「一緒にときを過ごす」,「教えてもらう」という感覚になっていきます。
こういう体験をした生徒が,他の生徒に,
「今度は一緒に行こう。すごくいいよ」と誘うようになります。
まずは行ってみることだということを生徒同士で教え合っているわけです。

投稿: magis(管理者) | 2009年1月 5日 (月) 15時22分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/136539/43618717

この記事へのトラックバック一覧です: 正直者がホームレスになる:

« 居心地の良い集団 | トップページ | 近道はただそれだけのこと »