「人間失格」・「ヴィヨンの妻」
Project BUNGAKUという企画の芝居が,9月30日から10月10日の日程で上演されていた。
ワーサルシアターという,八幡山(京王線の上北沢と芦花公園の間の駅)にある,80名定員の芝居小屋,というか稽古場のようなところで上演された。
この企画は,若手新鋭の演出家4名が,各々持ち時間20分間で,太宰作品を一つ芝居に仕立て上演するというのもの。
4名の新進演出家各々が一つずつが選んだ作品は,「Human Lost」,「燈籠」,「ヴィヨンの妻」,「人間失格」であった。個人的には「桜桃」が入っていなかったのは惜しいが,すべて見応えがあった。
「燈籠」や「ヴィヨンの妻」などは,おそらく朗読するだけで20分で終わってほどの長さの作品である。「Human Lost」は太宰が脳病院(精神科病棟)に入れられている1ヶ月ほどの日記。「人間失格」は太宰の中では長編。それぞれ、演出家はどうやって仕立てるんだろうと思い,とにかく初日から観に行ってみた。
これが,大当たりだった。
80名定員の客席は,ちょうど満員になるくらいにチケットはさばけた様子。
4作品,それぞれ若手演出家の持ち味がよく出ていたが,何と言っても「人間失格」が傑出していたように私は思った。
演出家の谷賢一氏の構成と主人公・葉蔵役のコロさん(柿喰う客)の演技,特に葉蔵の表情づくりが素晴らしかった。
小説「人間失格」は,文庫で読むと200ページくらい(だったかな)の作品だから,僕だったら読むのに(今はやりの速読は大嫌いなので)数時間はかかる。
しかし,この芝居の上演時間はたった20分。
なのに,劇を見終わった後,原作を全部読んだのと同じ重厚感(変な言葉ですが)を感じた。
この芝居,おそらくもう上演される機会はないと思うので,本当に見て良かったと思います。
あまりにも,良かったので,楽日(この日はチケットが売り切れだったので)の前日にもう一回観に行きました。
ところで,芝居としては「人間失格」に引き込まれたけれど,印象に残った台詞は「ヴィヨンの妻」での大谷・主人公(多分太宰自身がモチーフ)と妻の遣り取り。
大谷「・・・,おそろしいのはね,この世の中の,どこかに神がいる,という事なんです。いるんでしょうね?」
妻「え?」
大谷「いるんでしょうね?」
妻「私にはわかりませんわ」
大谷「そう」
月並みですが,太宰の,神を畏れ,神を求める気持ちがストレートに表現されている箇所だと思います。
それと,小説の結末。新聞で「人非人」と酷評されている夫・大谷が,妻に対して,自分は人非人なんかではないと弁明したとき,妻が返す言葉。
「人非人でもいいじゃないの。私たちは生きていさえすればいいのよ」
なんだか,私が言われているような気になりました。
まるで,高校生のときのように。
いや,あの頃と違って,ちょっとしんみりきました。
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