2010年10月11日 (月)

夜空には星のないところはない

2月くらい前,勤務校の学園休業期間(世間で言うお盆休み)を利用して,
マウナ・ケアからの星空を眺めることを主な目的として,
ハワイ島に4日間行ってきました。

序でに,オアフ島にも,21年ぶりに3日間行ってきましたが,
オアフ島,特にワイキキ周辺の変わり様には,聞いてはいましたが,
がっかりして帰ってきました。
具体的には町の汚さと,交通マナーの悪さです。
ハワイ島ではレンタカーを借りてあちこちに移動しましたが,
オアフ島ではほとんどコンドミニアムから出ずにいました。
唯一,ワイキキで良かったのは,セント・アウグスティヌ教会。
平日にも関わらず,毎日ミサに参加することが出来ました。
ここの教会はビーチサイドということもあり,
さすがに水着のままではダメですが,
ビーチサンダルと,袖無し・半ズボンでミサに参加している地元の人が大勢いました。
以前,サイパンでミサに参加したとき,
皆さんが襟のあるシャツと長ズボンだったこと対照的でした。
ところ変われば,ミサに参加する服装に対する考えは違うのですね。
しかし,変わらないことは,そこに行けば,ご聖体
(信者ではない方のために,説明すると,
本来目に見えないキリストの体=命を,
教会が定めた”秘跡”という制度に従って,ウエハウスのような見える形にしたものです)
をいただけるということです。

つまり,世界中どこに行っても,カトリック教会に行けば,
そのような”秘跡”としての,キリストに,出会うことが出来るわけです。

難しい話はこの辺にして,
マウナ・ケアですが,ここはご存知のように,約4200メートルのその山頂付近には,
世界十数カ国の天文台があり,日本の国立天文台もすばる望遠鏡を設置しています。
この夏のハワイ行きはここに行くことが目的でした。
もちろん,そこから観たサンセットや雲海はきれいでした(写Hawaii_5真をクリックしてみて下さい)。

しかし,なんといっても圧巻はその星空です。
肉眼で見たのですが,お天気にも恵まれ
(一年中ほとんど晴れるそうです。だから天文台には適している),
天の川さえ,手に取るように見ることが出来ました。
そして,日本では考えてもみなかったことですが,
夜空にはどこにでも星があるということです。

更に,案内してくれた現地の星空専門のガイドさんの話を聞きながら,
ちょっと感動したことがあります。

ガイドさん「本当に日本では考えられないくらいの星の数でしょう」
私「本当にそうですね。どこを見上げても星がある」
ガイドさん「肉眼でこれだけ見えるのですからね」
私「・・・」
ガイドさん「・・・」
私「あっ,そうか」
ガイドさん「肉眼で見えない無数の星が・・・」
私「そうですね。もし全部の星が見えてしまったら,空一面,星で一杯。銀色な訳か」
ガイドさん「夜空には,いや空には星のないところはない」
私「あの黒くて何もないようなところにも,実は遠くには星がある」
ガイドさん「そうなんでしょうね。なかなか想像しがたいですが・・・」

空には星がないところはない。
夜空を見上げても星が見えない暗いところにも星がある。

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2007年1月 1日 (月)

コンプレックス

070102_0_1 今年の"NEW YEAR"は,初めて国外で迎えました。移民(大部分が英国からですが)が52パーセントもいる,その国の港町に6日間滞在したのですが,港ではニュー・イヤーに合わせて大花火大会が催されました。治安は良い方の街だったので,新年のカウントダウンの2時間くらい前から,家族で連れ立って港の方へ繰り出しました。立錐の余地もないほど,港の公園は人・人・人・・・でした。酔っぱらった若い男性が,何人か私の家族(女性4人)に絡んできたりしましたが,そんなに大きな問題にもならずに,やり過ごすことができていました。私たち家族の周囲には,大学生か20代の男女のグループがいて,すぐに打ち解けた雰囲気になりました。この街では,アルコールを「家の前以外」の道路で飲むことが禁止されていると聞いていたので,私は(大好きな)アルコールを持たずに,その花火大会を見に行きました。しかし,この日だけは特別だったようです。私たち家族は,先ほどのグループの中の,ある姉弟と知り合いになり,妻と私は,新年が明ける30分くらい前に,その姉弟から缶チューハイ(みたいなリキュール)をいただいてしまいました。日本人らしく(?)遠慮したのですが,その姉弟が"HAPPY NEW YEAR"と繰り返し言いながら,勧めてくれたので,「サンキュウ・ベリ・マッチ」と日本英語(?)で言いながらいただきました。 070102_1

そうして,周囲の若者たちと,私の家族で新年のカウントダウンを待っていたのですが,新年の20分くらい前にアクシデントが起きました。 私は突然,背後から何者かに背中を押され吹っ飛ばされたのです! 実は,元々ギックリ腰の状態だったので,その痛みは,気を失う程でした。 2メートルくらい飛ばされましたが,本能的に地面すれすれで体勢を立て直し,かろうじて転倒はしませんでした。しかし,持っていた缶チューハイが次女にかかってしまいました!私は,これも本能的に,背中を突いた者の方を向きました。風貌や鼻の下の髭から,イスラム系の人に似ていました。しかし,定かではありません。体勢を整えつつある私を見ながら,その男は,何ごとか私に罵りの言葉を浴びせながら,歩き去って行きました。

(私はもちろんですが),私の家族と,先ほどの缶チューハイの姉弟はとてもびっくりしました。家族は日本語で一斉に「大丈夫!?」と寄ってきました。即座に,「大丈夫!」と答えました。そして,缶チューハイをくれた姉弟の姉の方も,多分英語で,「大丈夫か?」というような意味のことを言ってくれたのだと思います。なぜ,「思います」と書いたのかというと,私にとっても,周囲にとってもあまりに急であったことと,私の語学力のなさから,彼女が私にどんな言葉をかけたのか,正確にはわからなかったからです。 しかし,間違えなく,「大丈夫か?」という意味のことを言ったと思います。なぜなら,私が,"I'm OK."と言ったのか,"All Right."と言ったのか(これも覚えていませんが),そんなようなことを言ったら,「ああ,良かった」という意味のリアクションをしてくれたからです。

さて,この事件から一日経って,このブログを書いていますが,私を乱暴に突き飛ばした男が,言語で何と言ったのか,わかりません。そもそも何語で怒鳴られたのかもわかりません。また,私を心配してくれた姉弟が何と言ってくれたのかもわかりません。それも何語だったのか?それまで彼等は英語を話していましたから,英語なのでしょうが・・・。 しかし,わかっているのは,私を突き飛ばした男は私が邪魔で敵意を持っていたこと,そして,直前に知り合った姉弟は私を思いやってくれたこと。 どちらも,コミュニケーションがとれていたわけです。もちろん,私を突き飛ばした男性のコミュニケーションの仕方は下手ですし,私は,悲しいし,痛いし,怒っています。ゆるせない気持ちもあります。 しかし,彼と私は明らかにコミュニケートしました。なぜなら,私は,突き飛ばした男にも反応しましたし,心配そうに声を掛けてくれた姉弟にも反応したからです。

ある心理学の本に, "The meaning of your communication is the response that you get." と書いてあります。私が男に突き飛ばされてそのまま倒れ込んでいたら,(あるいは,押されても,まったく微動だにしなかったら,)つまり,無反応だったら,コミュニケーションは成立しなかったでしょう。また,心配してくれた外国人の姉弟に,私が何らかのメッセージを発さなかったら,コミュニケーションは成立しなかったでしょう。しかし,かろうじてどちらにも反応することができました。そして,そのどちらも,言語的な反応ではありませんでした。正確に言えば,何某かの言語は発していたのですが,それ(言語)でコミュニケーションしたとは到底思えません。

そもそも,この一連のコミュニケーションの始まりは,見知らぬ男が,私を突き飛ばすという,極端なボディ・ランゲージから始まったわけです。例の姉弟も私に何と声を掛けたのかわかりません。ただし,明らかに,顔の表情や,座り込んだ私の目線まで下がってきて語りかけてくれた姿勢から,心配してくれている様子が伝わってきました。

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2006年4月 2日 (日)

花が散って・・・

060402_2 写真(クリックすると大きくなります)は,私の通う教会と桜。近くに大きなお宮があって,そこに向かう参道(段葛と呼ばれている)から撮ったもの。写真を撮ったのはミサの始まる30分くらい前。つまり10時頃。満開から5日が過ぎていて,今日は夕方から大風と大雨と雷の春の嵐だった。だから今年の桜は今日が見納めだったと思う。でも,桜は散るから良い。もし,ずっと花を咲かせていたら,木はそれに栄養を奪われて枯れてしまうだろう。花は散るから,実がなるのだから。

さて,今日のカトリック教会は『四旬節第五主日』。福音朗読は,『ヨハネによる福音』12章20節~33節が読まれた。この中で,有名な箇所は,24節の

一粒の麦は,地に落ちて死ななければ,一粒のままである。だが,死ねば,多くの実を結ぶ。
(日本聖書協会 新共同訳)

この聖句は,クリスチャン以外の人も引用することがあるから知っておられる方も多いと思う。僕も多分二十歳の頃には知っていた思う。まだ,洗礼どころかキリスト教にさえ興味がなかった頃だ。

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2005年10月11日 (火)

丸形郵便ポスト・その2

051011関東地方は今日も雨降りだった。すでに1週間くらい降り続いている。「秋霖」というらしい。明日明後日は少し良いらしいが,また週末は雨だという。

さて,そんな雨の中,車を走らせていたら,また,丸形郵便ポストを見つけたので,ちょっと車を止めてシャッターを切ってみた。場所は9月26日のブログで紹介した浄智寺入口から車で2分くらいのところ。鎌倉街道を北鎌倉駅方面へ走り,駅を通り超し,数百メートルのすると,進行方向右側にある。ここは,「鎌倉小坂郵便局」の前である。写真に写っているのが鎌倉小坂郵便局。外観はこじんまりしたレストランのような作りでなかなか洒落ている。中には入ったことがない。

9月26日のブログでは,鎌倉のポストの近代化(箱形化)が進まない理由の1つとして,ポストの設置場所を提供している地域住民の意向を含まれると書いた。

さて,このポスト。郵便局の敷地内のように思われる。

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2005年9月26日 (月)

丸形郵便ポスト

post 左の写真(クリックすると大きくなる)は一昨日の朝6時頃、鎌倉街道の北鎌倉・鎌倉間で撮影した。浄智寺という鎌倉五山の一つに数えられるお寺の入口にあたる地点にある。「フジカラー」の看板のある小さな店も何となく懐かしさを感じるが、何と言っても目を引くのは、丸形郵便ポストだ。

「タウンニュース」という隔週に一度、新聞に折り込まれてくる情報誌によると、この丸形郵便ポストは、「現在、神奈川県下に120本あるが、その内の実に3割・36本が鎌倉市内」(2005年9月2日号)にあるそうだ。そのうちの一本がこの写真のものである。

この丸形郵便ポスト、この写真のような量産モデルは1950年に登場したそうだが、この原型は1901年に誕生している。したがって4年前が、「赤い丸形ポスト誕生100周年」で、記念切手が発行されている。http://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/stamp/tokusyu/2001/0420/index..html

ところで、鎌倉にはなぜ、未だに丸形郵便ポストが残っているのか。

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2005年9月20日 (火)

江ノ電バス

enoden 夏休みに「小さな運転士 最後の夢---もう一つの江ノ電物語」という番組をやっていた。実話に基づいて作られたドラマだった。日テレのホームページから、その内容をかいつまんで引用すると、

幼い頃に母親を同じ心臓病で亡くした少年・西田朋久は、「江ノ電の運転士になりたい」という夢を持っていた。いつも父とともに江ノ電に乗って入院中の母に会いに行っていた少年にとって、江ノ電とは家族の絆を繋ぐ象徴的なものだったのだ。その夢を知った少年の父や周囲の人々は、夢を叶えるために奔走する。しかし、鉄道法では、一般人は電車の運転席にすら座れない、という規則があって―。
江ノ電の運転士・高梨洋平らの元に、難病の子供たちの夢を叶えるボランティア団体から連絡が届いた。それは、西田朋久という余命3ヶ月の少年の“江ノ電の運転士になりたい”という夢を叶えてあげて欲しい、という内容なのだ。江ノ電の幹部は、直ちに検討に入るが、鉄道法の規定でその要望には応えられない。だが、運転士・高梨ら現場職員たちは、江ノ電が大好きな少年の夢を何とか叶えてあげられないものか、と懸命に打開策を考えて―

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