2010年10月25日 (月)

奇跡の生還

昨日(10/24)に放映されたNHKスペシャル『奇跡の生還』は,チリの鉱山落磐事故によって地底深くに70日間閉じ込められた人々がどう生活をしていたか,また,それを救出するために地上ではどんな人たちがどんな思いでどのように働いていたかを伝える速報番組であった。

番組は前者(地下での生活)に重きがおかれていたが,私は後者(救出にたずさわった人々)の姿が,聖書の「中風の人をいやす」場面の「四人の男」に重なって見えた。
四人の男は,次の引用の四人の男である。

数日後,イエスが再びカファルナウムに来られると,家におられることが知れ渡り,大勢の人が集まったので,戸口の辺りまですきまもないほどになった。イエスが御言葉を語っておられると,四人の男が中風の人を運んで来た。しかし,群衆に阻まれて,イエスのもとに連れて行くことができなかったので,イエスがおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ,病人の寝ている床をつり降ろした。イエスはその人たち信仰を見て,中風の人に,「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。その人は起き上がり,すぐに床を担いで,皆の見ている前を出て行った。(マルコ2:1~2,12a)

この奇跡物語は,聖書の中では,いわゆる「癒しの奇跡」に分類される。「癒しの奇跡」で救われる人は,こぞって,「あなたの信仰があなたを救った」とイエスに言われる。
しかし,この「中風の人のいやし」はちょっとだけ違う。この中風の人は,自分でイエスのところにやってきたのではなく,四人の男に「運ばれて」イエスのところにやってきた。ところが,大勢の人に阻まれて,イエスのいる家に入ること出来なかった。すると,四人の男たちは,中風の人を連れたまま,屋根に登り,穴をあけて,イエスのいる前に担架に載せたままの中風の人を吊り下げたのだ。それを見たイエスは,屋根に穴をあけた四人の男の信仰を見て,中風の人を救った。

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2010年6月19日 (土)

「遠い空の向こうに」

”OCTOBER SKY”(邦題「遠い空の向こうに」)という映画(2004,Universal Studios)を,昨日の放課後,高1生徒の聖書研究会で,生徒と一緒に観た。
NASAのエンジニアであるホーマー・ヒッカム氏の自伝を,ジョー・ジョンストン監督が映画にしたもので,高校時代に炭鉱街に住んでいた主人公のホーマーが,3人の仲間と共に宇宙ロケット打ち上げを夢見て,失敗を繰り返しながらも,諦めずに何度もチャレンジして・・・・(これ以上,書くと映画のストーリーがわかってしまうので,この辺で・・・・・),という,非常に感動的な青春映画であった。一緒に観た高校1年生たち(4人ですが・・・)も,放課後の眠たい時間帯,”一睡もせずに”じっと,小講堂のスクリーンを観ていた。

ストーリーはこれ以上書かないが,私がこの映画の中で,最も気に入った台詞を紹介しておきたい。
この場面,主人公のホーマーは,ある事情があって,一時,ロケットづくりを諦め,高校もやめてしまい,父の仕事である炭鉱夫の仕事を自分も(継ぐつもりで)やっていた。
そんなある日,ホーマーは,高校在籍時代に,いつも味方をしてくれていたミス・ライリーという先生の元を訪ねる。ミス・ライリー(ブリーダ・ライリー)も実在した人物で,その後,31歳の若さで亡くなっている。したがって,ライリーの晩年の言葉である。

ライリー先生は,ロケット打ち上げの夢を頓挫していたホーマーにこんな風に語りかける。

「ホーマー,知ってる?時には他人の言う事を聞いてはいけないの。自分の内なる声を聞くの。あなたは炭鉱マンじゃない。別の人生を設計しているはずよ」(なお,ここで,ライリーは炭鉱マンという職業について蔑視しているのではありません。ホーマーに,”別の人生を設計していること”に気づかせたいのです)。

このライリー先生の言葉をきっかけに,ホーマーは再びロケット打ち上げへの夢へと向かって進むようになります。

もちろん,普段の生活や人間関係の中では,他人の言う事に耳を傾けることは非常に大切なことです。そうすることによって,自分の考えと異なる人とも折り合いをつけて,付き合ったり,一緒にチームを組んで仕事に当たったりします。

しかし,ミス・ライリーがホーマーに言った,「時には他人の言う事を聞いてはいけない」,「自分の内なる声を聞く」もまた,実に大切なことであると思う。

なぜなら,「他人の言う事」は,たとえそれが親しい人の言った事であっても,所詮,他人があなたの一部を知って,あなたを,有限の時間内で見て言った事に過ぎない。それに対して,「自分の内なる声」は,自分さえ知らない,深いところにいる自分。自分さえ立ち入れない,自分の奥深いところ(Still Point)を通して語りかけてくれる,自分を超えた方,超越者からのメッセージだからだ。

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2006年10月16日 (月)

『僕たちの戦争』

いま,担当している高1ゼミナール『自分とつきあう』という講座で,V.フランクルの『夜と霧』を読んでいます。囚人となった精神科医(著者)が内部から見た強制収容所体験記としてあまりにも有名な本です。この本は,アメリカ国内で数年前に実施された「100年後にも読み継がれて欲しい本ベスト100」の中で,7位にランクされているそうです。1位はもちろん聖書ですが,心理学・精神医学医関係の本では,この本が最高位だそうです。この本を読まれた方は納得すると思います。このブログを書いているのは自宅で,テキスト(本)は学校にあるため,正確な引用はできないのですが,その本の中に,(アウシュビッツ強制収容所のような)異常な状況に置かれた場合,異常な反応を示すのが正常なことであると書かれていました。

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2006年2月23日 (木)

歩いてみなければわからないことがある

今日,レンタル・ショップで,映画『村の写真集』のDVDを借りて,一人で家にある一番大きなテレビで観た。「父が世界で一番愛したもの。」というサブタイトルの付いたこの映画。実に地味な映画だったが,とても感動した。もちろんストーリーも素晴らしいが,ずっと画面に映り続ける「田舎」の風景や人々の表情がなんとも温かい。仕事を大切にし,仲間を大切にし,そして何よりも家族を大切にした不器用なオヤジと,その背中を見続けて歩く息子を中心にストーリーは展開する。最後は,息子がオヤジを背負って山を登るシーンがある。今日のタイトルの言葉は,息子が病床のオヤジに言った台詞で,私にはこれが一番心に響いた。

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2006年1月 7日 (土)

哀しみの暴君ネロ

昨日・今日とNHKのBSハイビジョンで,ドラマ『哀しみの暴君ネロ』という番組をやっていました。昨日は見逃してしまったのですが,今日は見ることが出来ました。今日は後半だったので,ネロが皇帝になったあたりからストーリーは始まりました。

先日ブログ「心のさかば」で紹介されていた映画『クォ・ヴァディス』を5日に購入し(今なら500円なんです),見たばかりだったので,流れは掴めました。『クォ・ヴァディス』も優れたキリスト教映画でしたが,今日のNHKのドラマ『哀しみの暴君ネロ』もまた,キリスト教的価値観あるいは信仰抜きでは語れないものだと思います。特に,今日のドラマの最後の台詞が響きました。

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