もし壊れているなら・・・
実はとても疲れています。
この三連休,1日はネイチャーゲームの研修会で,
横浜市金沢区の海の公園に行きました。
冬だというのに寒すぎず,砂浜でリラックスしてきました。
あとの2日はだいたい家に居ました。
ゴロゴロしたり,壊れているPCと格闘したり・・・。
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実はとても疲れています。
この三連休,1日はネイチャーゲームの研修会で,
横浜市金沢区の海の公園に行きました。
冬だというのに寒すぎず,砂浜でリラックスしてきました。
あとの2日はだいたい家に居ました。
ゴロゴロしたり,壊れているPCと格闘したり・・・。
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鎌倉に湖があることは,実はあまり知られていないが,鎌倉湖という湖が存在する。
私の家から徒歩10分くらいのところにある。
私が利用しているバスも,江ノ電バスの「鎌倉湖畔循環」という系統だ。
私の家の前の通りは,湖畔通りという名前が付けられている。
ただし,そんな風に呼ぶ人にあったことはない。
みんなバス通りと呼んでいる。
ああ,風情がないなあ。
まあ,江ノ電バスには風情があるからいいか。
この湖。名前は鎌倉湖だが,元は灌漑用の人工池だったらしい。
江戸末期から明治初期かけて地元の農民たちが労働奉仕で作ったらしい。
今の時期はとても紅葉がきれいだ。
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今日の朝日新聞の「読書」のページで,精神科医の香山リカさんが,『生命と現実』(河出書房新社)という本の書評を書いていました。私は気になってはいるものの,まだこの本を読んでいません。精神病理学者・木村敏氏と哲学者・檜垣立哉氏との対談本です。香山リカさんによるその書評のタイトルを,そのまま今日のブログのタイトルとしました。
香山リカさんは,書評の最後を次のように締め括っています。
「症状はすべて生体にとって,意味のある反応である」。
これは,「病であること」をマイナス要因として
とかく排除しようとする効率主義的な現代社会への
大いなる警告でもあろう。
これを読んで私は,「肯定的意図」という言葉を思い出しました。
先月,あるワークで学んだ考えで,
表面的には,どんなにマイナスな行動や症状にも,その裏側,
というか深層部には肯定的な意図があるというものです。
20世紀の偉大な心理療法家の一人に数えられるミルトン・エリクソンが
来談者と関わる際に,前提としていた重要な考えです。
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左の画像の上の段の漢字。普段あまり使いませんよね。特に最近はPC入力の時代なので,これらの漢字を手書きすることは滅多にありません。左から,かいこの作る「まゆ」,なぎなたの「なぎ」,植物の「にれ」,ひんしゅくの「ひん」,そして最後は魚の「かつお」です。多くの人にとって,読めるけれど書けない漢字ばかりです。
さて,漢字を覚えるときは,私が小学生の頃は,必死に書いて覚えました。正確には覚えさせられました。国語の教科書に出てくる新出漢字を,マス目入りの国語ノート(有名なのはジャポニカ漢字帳)に10回とか,20回とか書いて覚えるわけです。多分,今でもこの覚え方が主流なのだと思います。
しかし,実は他にも覚え方があります。
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朝日新聞の日曜朝刊,朝日求人のページに精神科医の香山リカさんが4回シリーズで小さな(しかし中身は濃い)エッセイを書いています。私はこの記事を大変楽しみに読んでいます。8月27日のタイトルは「あいまいも悪くない」でしたが,サブタイトルのような形で「人の心はしゃれたことをする」と付けられていました。これを今日のブログのタイトルにしました。
次のような書き始めでこのエッセイは始まります。
チャレンジするのは大切なことであると,誰もが信じ込まされていますね。それは私も否定しません。でも,何度やってもどうしてもうまくいかないことってありませんか。自分の努力が足りない,あるいは方法論が間違っていると悩むかもしれません。精神医学の面から見ると,実は深層心理が,それをやりたくない,やめようとメッセージを送っていると読み取ります。たとえば目標を立てるたびに達成の一歩手前で挫折する。あと一息だったのになぜ達成できなかったのか。それは,意識と潜在意識とが異なる方向を指している可能性もあるのです。
なるほど,人の心はしゃれたことをしますね。
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mixi友だちの日記を読んでいたら,
クレヨンしんちゃんの13年後という,すごく考えさせられるフラッシュ
http://www.geocities.jp/jwnbf437/sintyan.html
に行き着きました。
しんちゃんが『ジュケンセイ』であること。
ここに作者の思い,社会への警鐘が込められているような気がします。
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勤務校には「愛の運動委員会」という生徒の組織があります。いわゆる,ボランティア委員会です。たとえば,昨日と今日,ジャワ島地震緊急支援募金を校門に立って行っています。
さて,この委員会の活動の中で,中心となっているものは月に一度の児童養護施設訪問です。今週末,11日の日曜日に今月は実施されますが,4月も5月も日曜日に一回ずつ実施されました。参加者は中2から高2までで,4月は21人,5月は10人でした。4月の21人は近年では最も多い参加人数でした。今月からは中1も参加できます。その中1に対して,先日,愛の運動委員の先輩が各教室に出向き,施設訪問の説明をしてくれました。説明してくれた生徒は普段から施設訪問に参加している生徒たちです。児童養護施設(子どもの家)がどういうところか,また,何をするために自分たちが子どもの家を訪問するのかをわかりやすく説明してくれました。そして,「是非,一緒に行きましょう」と誘っていました。
私も,しばしば施設訪問に生徒と一緒に行く教員として,翌日に施設訪問について,中1生徒たちに次のように話しました。
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今日は,神奈川教育カウンセラー協会の定例会に行った。
会場は家から車で30分ほどのところだ。
近くにはコインパーキングがあり,いつもそこに駐車する。
ところが!
今日は,その会場付近のコインパーキングがどこも満車だった。
これは間違えなく一昨日から施行された改正道路交通法の影響だろう。
しかたなく,買い物をする目的もないデパートの駐車場に入れた。
そんなわけで,定例会の会場入りは10分ほど遅れてしまった。
しかし,受付をしていたN氏は,「おう!」と迎え入れてくれた。
N氏に会うのは3回目だが,「おう!」という親しげな挨拶がとても嬉しかった。
さて,定例会の様子は,まあ,やや専門的になるので,いつか別の機会に書くとして,
参加して良かった。
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私の勤務校には,かつて"Let's Sing Together"(通称LST)という名の歌集が配られていた。野外活動が好きな本校では,この歌集はどの活動にもみんなが携行する必需品であったという。今ではこの歌集も配られなくなってしまい,在校生で持っている生徒は(特別に購買部で買ったものを除くと)いない。私もこの歌集を持っていなかったのであるが,ひょんなことから今日(副校長先生から)いただいた。約100曲の歌が収録されている。カトリック学校の歌集らしく,最初に掲載されている歌は校歌で,最後に載っている歌は"Nearer my God to Thee"(主よみもとに近づかん)である。日本語の歌が6割,英語の歌が4割くらいの割合だ。
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写真(クリックすると大きくなります)は,私の通う教会と桜。近くに大きなお宮があって,そこに向かう参道(段葛と呼ばれている)から撮ったもの。写真を撮ったのはミサの始まる30分くらい前。つまり10時頃。満開から5日が過ぎていて,今日は夕方から大風と大雨と雷の春の嵐だった。だから今年の桜は今日が見納めだったと思う。でも,桜は散るから良い。もし,ずっと花を咲かせていたら,木はそれに栄養を奪われて枯れてしまうだろう。花は散るから,実がなるのだから。
さて,今日のカトリック教会は『四旬節第五主日』。福音朗読は,『ヨハネによる福音』12章20節~33節が読まれた。この中で,有名な箇所は,24節の
一粒の麦は,地に落ちて死ななければ,一粒のままである。だが,死ねば,多くの実を結ぶ。
(日本聖書協会 新共同訳)
この聖句は,クリスチャン以外の人も引用することがあるから知っておられる方も多いと思う。僕も多分二十歳の頃には知っていた思う。まだ,洗礼どころかキリスト教にさえ興味がなかった頃だ。
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家から100メートルくらいのところにある「五丁目公園」の桜です。3~4日くらい前が一番の見頃でした。これは昨日の午後4時前に撮影したものです。
ところで,このブログはniftyの『ココログ』をサーバーにしているのですが,3/28のメンテナンス以後,相変わらず(サーバー側の)運営が不安定で,こちらから新しい記事をアップするのに大変苦労しています。折角書いても,保存(送信)ボタンを押すと,「サーバーが見つかりません」というエラーメッセージが出て,それまでに書いた記事は全部パーになっちゃうこともあります。
また,皆様からのコメントも同様だと思います。書いてもうまく送信できないトラブルが起こっているようです。
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昨日のミスプリント,正解は,「キリトリ線」と書くべきところを「キリスト線」としてしまったことです。これでは畏れおおくて切り取れないので,誰も参加できまへ~ん。
そこで,訂正版を,ここにアップしてもらいました。ただし,訂正版だとか,どこをどう直したなんて野暮なことは書いていません。
改めて,多くの生徒諸君の参加申し込みを期待します。
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数日前に,今年の夏に行う「長崎巡礼旅行」のご案内プリントを配布しました。左の写真が実物です。挨拶文のあと文面は以下のように続きます。
日頃より本校の宗教活動にご理解をいただき,あらためて感謝申し上げます。
さて,長崎巡礼旅行はここ数年の間,隔年実施が恒例化しており,その年度の中3生と高1生が参加対象となります。隔年行事ですので,参加の機会は一度です。来年度が実施年度に当たり,概ね以下の要領で計画を進めております。
ご存じの通り長崎地方は,16世紀のキリスト教伝来以降,様々な歴史を刻んでまいりました。キリシタンへの弾圧,殉教,そして潜伏信徒の発見。さらには,被爆。そうした独特の歴史を踏まえ,今日,長崎は世界に向けて平和への祈りとメッセージを発信する地となりました。このような地方を訪れ,見聞を広めることは,○○学園の土台でもあるキリスト教理解と,平和の尊さを学ぶのに大変に意義深いことであると思います。何卒,趣旨ご理解の上,ご子息を参加させていただきますよう,ご案内申し上げます。聖研に参加している生徒はもちろん,普段は聖研に参加していない生徒の参加も大いに歓迎します。(以下は,左写真をクリックして見て下さい)
ところで,このプリント中に,大ミスがありました。学校長名で出している文書ですが,校務分掌の関係で私が作成しました。印刷前に,私を含め複数教員で目を通したのですが・・・。嗚呼,恥ずかしい。
今のところ,このミスに気づいた生徒は約360名中,2名です。責任上,上司の先生3人にこのミスを報告したのですが,全員が「プッ」と吹き出した後,「まあ,いいでしょう」と許して下さっていますが・・・。なんとも笑ってしまうくらいアホなミスです。
写真をクリックしてミスを探してみて下さい。ちょっとヒントみたいなことを言いますと,間違えに気づいた生徒は,「これじゃぁ畏れおおくて申し込めないよ~」と大爆笑していました。また,ある先生は「さすが長崎巡礼,申し込み時に踏み絵を踏ませるとは」と凄いことを言っていました。
本当に生徒とご家庭の皆様(あとイエス様),ごめんなさい。でも,多くの生徒諸君の参加を望んでいます。
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初詣に詣る日本人の宗教性について,昨日は書いた。今日はこのときに見た光景の中で一つだけ気になった(というか残念だった)ことを書きたいと思う。
実は鶴岡八幡宮の入口から100メートルと離れない位置に,「罪を悔い改めなければ神の救いはありません」。「キリストの再臨は来られています」。と,両面に書かれた,たたみ一畳ほどの看板を持った青年が立っていた。同時にスピーカーからも,悔い改めを薦める短いメッセージが告げられていた。「お集まりのみなさん,よく聴いて下さい。あなたの罪に気づいて下さい。罪を悔い改めなければ救いはありません。救い主はすでにこの世に来ています。手遅れにならないうちに罪を悔い改めましょう。」私は瞬間的にとても厭な感じがしたが,鎌倉にはたくさんの宗派の教会があるので,ちょっと興味が湧き「おはようございます。どちらの教会からですか?」と尋ねてみた。すると,看板を持った彼は,最初困ったような顔をしたが,結局,元の無表情に戻り,何も答えてくれなかった。私は,悪いことをしたような気になり,「寒い中ご苦労様」といって足早に去った。
そこから私の所属教会までは5分も歩かずに着く距離なのだが,その間に,まったく同じメッセージのテープが流れるスピーカーを体に2個付け,ゆっくりと歩いている外国人(西洋人だと思う)が前から歩いてきた。「お集まりのみなさん,よく聴いて下さい。あなたの罪に気づいて下さい。罪を悔い改めなければ・・・」私が聞くともなく,メッセージに耳を傾けていると,今度は彼から話しかけてきた。さっきの若者とはだいぶ違い,流暢な日本語である。
彼:聖書に興味がありますか?
私:はい。これから教会に行きます。
彼:どちらの教会ですか?
私:(建物を指さし)そこの教会です。
彼:あ~ん。そこは・・・。
私:カトリックです。あなたはどちらの教会から?
彼:教会はありません。個人で来ています。ボランティアです。
私:どちらの国から?(出身国を聞いたつもり)
彼:あ~。○○です。(○○は日本の都道府県名です)
私:(意外な答に戸惑い)そうですか。では,お気をつけて(と言って去ろうとした)。
彼:あ~。あなたの教会は?
私:カトリックです
彼:カトリック?
私:はい。ローマの,バチカンの。
彼:ああ,ヨハネ・パウロですね。
私:ええ,昨年から変わりましたが・・・。
彼:あなたの教会では,キリストがこの世にすでに来ていることを知っていますか?
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昨日はブログに書いたようにミサに与ったが,実は10時30分のミサは普段半分ほどしか人がいなかった。理由は,私の所属教会が鶴岡八幡宮という有名な神社の近くにあるからである。鶴岡八幡宮は3が日で210万人の初詣客を予想している。実際には1日の曇天と今日の雨天で予想を下回るであろうが。それで,3が日は,市内中心部への車の乗り入れが出来ない。私の教会は八幡さまに近いお陰で,近所のコイン・パーキングには事欠かず,私もそうだが,普段はマイカーでミサに与るに来る人が割と多い。1日の場合はそれは100%不可能である。また,電車は横須賀線だが,通勤ラッシュ並みの混雑となる。そんな訳で1日のミサは普段の半分の人数で執り行われた。
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ここのところ,本職のカトリック学校関連の記事の連続なので,ちょっと気分を変えて,一つ,オススメのアニメを。音も出ますので,PCのボリュームに気をつけて下さい。
ラファエラ姉さん様の『霊妙なる器』から辿って見つけたページです。僕はとにかく映像と音楽がジーンと来ました。
英語は得意ではないのでよくわかりませんが,プロテスタント関連の一ページのようです。
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勤務校は昨日(21日)が2学期終業式でした。したがって今日から冬休みです。しかし,明日(23日)「子どもの家」の子どもたちを学園に招きクリスマス会を行います。この行事への生徒の参加は任意ですが,明日は中1~高2の合計73名の生徒がボランティアとして参加してくれます。また,大勢の保護者の方もお手伝いして下さいます。朝9時頃から始まって午後3時半に終了予定です。午前中はフリータイムで,体育館,グラウンドなど校内のどこでも遊べます。マジック同好会の生徒が手品をやっている部屋などもあります。お昼ご飯は,本校のお母様方が準備して下さっています。200名分くらい用意するのですから,本当に大変です。材料等もご家庭からの寄附で募りました。午後は小講堂にて,ブラスバンド部の演奏,お母様方のハンドベル演奏,隣のカトリック女子校(ブログ『Good News Collection』の先生の勤務校)の生徒さんの出し物,「子どもの家」の子どもたちの出し物,子どもたちへのプレゼントなどが行われます。
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あるカトリック学校教師の先輩が,「カトリック学校は愛を伝える学校。愛を伝える人は笑顔でなくてはならない」と教えて下さったことがある。人には個性というものがあるから,必ずしも,愛を伝える人が笑顔であるとは限らないと思うが,かといって,この先輩教師の言葉もまた奥が深い。この言葉をお聴きしたのは10年くらい前で,その頃は,「笑顔」=「笑い顔」と思っていた。しかし,最近は「笑顔」は必ずしも「笑い顔」ではないと思えるようになった。どう言えばいいのだろうか。「鋭い目の奥に優しさがある」。「一見怖そうだが,神様のことを語る口元は優しい」。そんな笑顔もある。
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左の写真は勤務校の中庭で,通称「中学校庭」と呼ばれている場所である。都会の学校ではない(とはいっても少し歩けば横浜市だが)ため,本校は広大な敷地を持っている。生徒一人あたり100平米を超えるほどの広さなのである。これは,たとえば慶応湘南や桐蔭学園のような大学と同じ敷地内にある学校を除けば,国内でも最大級の広さといわれている。そのため,生徒は休み時間の遊び場には事欠かない。そしてまた,生徒は本当によく遊ぶ。中1では休み時間に教室にいる生徒の方が少ないことの方が多い。中2では,やや遊ぶ生徒が減ってくるが,逆に休み時間に部活の自主練習に励む者が増えてくる。そして,高2あたりでは,休み時間,外に出ている者は部活の自主練習をする者が多い。だから,どの休み時間も「中学校庭」や「高校校庭」,それにグランドの校舎寄りは体を動かす生徒がいっぱいいる。
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さて,写真に写っている水色の可愛い車こそ,フジキャビンスクーターである!これ,1956年頃に生産された車?(スクーター?)です。詳しくは,”Good News Collection”の2005年6月2日の記事に載っているが,ちょっと引用させてもらう。
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僕がブログを始めたきっかけは,友人に触発されてのことである。その友人は,私の勤務校の近隣のカトリック学校に勤めており,同じCLC(クリスチャン・ライフ・コミュニティ)のメンバーである。さて,その彼(一応名前は伏せる。画像を見ればわかるが)が,今日から,彼の一家の「ファミリー展」を横浜で始めた。左の写真は彼のブログ"Good News Collection" http://blogs.dion.ne.jp/mrgoodnews/ から拝借した。近隣の方は足を運んでみてほしい。
画像は,http://blogs.dion.ne.jp/mrgoodnews/archives/1865517.html にある。
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関東地方は今日も雨降りだった。すでに1週間くらい降り続いている。「秋霖」というらしい。明日明後日は少し良いらしいが,また週末は雨だという。
さて,そんな雨の中,車を走らせていたら,また,丸形郵便ポストを見つけたので,ちょっと車を止めてシャッターを切ってみた。場所は9月26日のブログで紹介した浄智寺入口から車で2分くらいのところ。鎌倉街道を北鎌倉駅方面へ走り,駅を通り超し,数百メートルのすると,進行方向右側にある。ここは,「鎌倉小坂郵便局」の前である。写真に写っているのが鎌倉小坂郵便局。外観はこじんまりしたレストランのような作りでなかなか洒落ている。中には入ったことがない。
9月26日のブログでは,鎌倉のポストの近代化(箱形化)が進まない理由の1つとして,ポストの設置場所を提供している地域住民の意向を含まれると書いた。
さて,このポスト。郵便局の敷地内のように思われる。
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左の写真。花が置かれている場所は,9月24日から10月4日までの間に何度か,その写真と共に近況をお知らせしてきた毒の花・コルチカムが置かれていた場所です。4日前に「満開を過ぎ,一部は萎れ始めている。まもなく,消え去る運命だろう。」と書いたが,やはりその通りになった。「毒の花退く(ドクノハナドク)」なんて詰まらないオヤジギャグを言ったら,ちょっと年上のオヤジが「どこに行ってもドク運命」と返してくれた。
代わって登場したのが,写真の花。職員の誰かがどこかから摘んできた草花らしい。名前は僕ももう1人のオヤジも知らなかった。しかし,ここのカウンターに花があるのとないのとでは全然雰囲気が違う。摘んできた職員は,そんな人の気持ちを(無意識かもしれないが)知っているのだろう。
それにしても,この名もない小さな黄色い花はせつない。それは,毒を隠しもって美しく咲き,結局その毒を自分の成長の糧として使い果たし,最後は醜く散っていたコルチカムのせつなさとは全然質の違うせつなさだ。全く対極にあるせつなさを感じた。
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左の写真(クリックすると大きくなる)は一昨日の朝6時頃、鎌倉街道の北鎌倉・鎌倉間で撮影した。浄智寺という鎌倉五山の一つに数えられるお寺の入口にあたる地点にある。「フジカラー」の看板のある小さな店も何となく懐かしさを感じるが、何と言っても目を引くのは、丸形郵便ポストだ。
「タウンニュース」という隔週に一度、新聞に折り込まれてくる情報誌によると、この丸形郵便ポストは、「現在、神奈川県下に120本あるが、その内の実に3割・36本が鎌倉市内」(2005年9月2日号)にあるそうだ。そのうちの一本がこの写真のものである。
この丸形郵便ポスト、この写真のような量産モデルは1950年に登場したそうだが、この原型は1901年に誕生している。したがって4年前が、「赤い丸形ポスト誕生100周年」で、記念切手が発行されている。http://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/stamp/tokusyu/2001/0420/index..html
ところで、鎌倉にはなぜ、未だに丸形郵便ポストが残っているのか。
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