2010年6月17日 (木)

これでおしまい!

中島みゆきさんの「恋唄」という歌の中に,

ありがとうって意味が 
これきりっていう意味だと
最後まで 気がつかなかった

という歌詞がある。とてもせつない歌です。

恋愛をして,最後の別れ話の最中に,「ありがとう」って言われると,「ああ,本当にもうこの人は僕と別れるつもりなんだ」と一気に心に穴が空く。

「ありがとう」って言葉は,普通は言われると嬉しい言葉なのに,恋人の最後の言葉として,聞くのは辛い。感謝の言葉であることには違いないのだが,昨日まで言われていた「ありがとう」とは決定的な違いがある。これまでのことを全部ありがとうという意味。これが最後という意味。これからは,もう,言えなくなりますという意味。

「お礼なんかいいから,そんなことよりも,これからも付き合ってほしい」

そんなふうに思う。
でも,「ありがとう」って言葉で,もうダメなんだってことがわかる。

さて,恋愛場面ではなく(それも含むが),日常場面で,使われる「がんばって」という言葉にも似たような側面がある。

最近はこの言葉「がんばって」を,うつの人に言ってはいけない(一般的にはその通りだけれど,絶対に言ってはいけないわけではない。場合によっては,言ってあげることが必要な場合もある)ということばかりが新聞などによく書いてあるが,うつの人ばかりではなく,普通の日常会話の中でも,別の意味を持っていることに気づく。

何気ない会話の最後にも,「じゃあ,がんばってね」と言って別れることがありますよね。

生徒も「がんばって」と言われると,「あっ,もうこの話,終わりにしなければいけないんだ」と思うらしい。

僕たち教員は,「がんばって」といいながら,知らず知らずに,生徒に対して,「この話は終了」というサインを送っている。

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2009年12月15日 (火)

チームの時代

チームの時代だと思う。
日本人は,人に迷惑をかけないことを美徳とする余り,
あるいは,一匹狼的な仕事の仕方に寛容(どころか格好良いと思ってしまう)であるため,
昔からチームを組むのがあまり得意ではない。
若干関連するけれど,日本人の会議の下手さも国際的には有名らしい。

1982年のホテル・ニュージャパン火災において,レスキュー隊長として,救出劇の中心となった東京消防庁の高野甲子雄氏(以前,NHKのプロジェクトXで取り上げられた)に依れば,
良いチームを組む秘訣は

(1)普段からチームで動くこと
(2)緊急時には,そこにいるメンバーで動くこと

だという。

私は教員という仕事をしているが,このことは実に身に染みる。

普段からチームで動いているだろうか?
・・・。
緊急時にならないと,チームを組もうとしてはいないか?

さらに,緊急事態が起こったとき。
そこにいるメンバーで動こうとしているか?
ついつい,そこにはいない豪腕のメンバーを求めたりはしていないか?
「あの人がいてくれたら・・・」なんて思ってしまう。

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2008年9月23日 (火)

健康

勤務校の研究室で,ため息とか,「怠い」,「ヨッコラショ」,「しんどいね~」といった独り言を聞く度に,もしも10円貯金をしていたら,多分,1週間で1000円は軽く貯まるだろう(笑)

もっとも私より若い人は黙々と仕事をしている。すごい人だなあと思う。若いって,いいなぁと思う,もちろん彼は若いだけではなくて,大変優秀な人で,私もいつも助けてもらっている。

さて,私を含め,若くない人はというと,私を除けば,やはり大変優秀な人たちである。
それは,仕事の面でも優秀だが,激務の中で,上手にため息をつき,小出しに「怠い」,「しんどい」を口にする。この点が絶妙だと思う。

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2008年9月15日 (月)

生徒自慢(2)

昨日の話なのですが、仕事があまりにも溜まりすぎていたので、日曜日だけれども勤務校に行きました。
学校に向かう途中、昼食を買うためにコンビニに寄りました。
そこで、高校生のA君にばったり。

私 :おはよう!
A君:おはようございます。
私 :今日は部活かね?
A君:はい。試合です。公式戦です!
私 :おお、そうか!じゃあ、観に行くよ!ところで、君はなに部?
A君:サッカー部です。
私 :わかった!

A君のことは中1の頃から知っているが、彼の所属部活までは覚えていませんでした。

さて、私が出勤した目的は採点をしたり、提出された夏休みの宿題ノートを見ることでした。そこで、結構静かな校舎内でチマチマと仕事を始めました。まあまあのペースで仕事は捗りました。(しかし、まだまだ残っていますが・・・。)

しばらくして、さっきコンビニで会ったA君のことを思い出したので、慌ててサッカー場に試20080914football_3 合を観に行きました。幸い、試合は終わっておらず、生徒たちの活躍ぶりを見ることができました。勝負も4-0で勝ちました。

終了のホイッスルがなって、選手たちがベンチに引き上げてくる中、僕はサッカー場をあとにしようとしていました。すると、偶然、僕が歩いている右真横側の10mくらい向こうから、先ほどのA君が引き上げてきました。サッカー場は広くて、僕はあまり目が良くないので、A君が試合に出ていることをわからずにいましたが、A君は試合に出ていたわけです。A君も僕に気づき、ちょこっと頭を下げました。ほんの一瞬の動作だったのですが、私は本当に嬉しかったです!A君の表情と動作から、私はA君が、私にお礼の気持ちを伝えようとしていることがわかったからです。(お礼をいわれるようなことはしていないのに・・・)

私が嬉しかったのは、(お礼をいわれるようなことはしていないにも関わらず)「A君に受け入れられている」という感じがしたからだと思います。
私もA君に感謝の気持ちを込めて、軽く会釈をしてサッカー場をあとにしました。

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2008年9月 3日 (水)

ホッとする言葉

生徒たちに、友だちから言われてホッとする言葉と、友だちに言われるとイヤな気持ちになる言葉を聞いてみると、ホッとする言葉としては、「ありがとう」、「すごいね」、「おはよう」などがあがってきます。イヤな気持ちになる言葉の方は「うざい」、「きもい」、「むかつく」などが上位にきます。

ところで、「がんばれ」という言葉は、ホッとする言葉、イヤな気持ちになる言葉の両方に出てきます。上級生になればなるほどホッとする言葉より、イヤな気持ちになる言葉としてあげる生徒が増えます。

本当に苦しんでいる人は「がんばれ」という言葉をかけられてもどうにもならない。もし「がんばれ」という言葉が力を持つとすれば、それは自分と同じようにがんばらなければならない状況にある人に言われたときだけだろうという気がします。

しかし、現実には、「がんばれ」という言葉は、がんばらずに済む状態にある人が、未来に喘ぐ人に対して掛けていることが多いように思えてなりません。

「がんばれば報われる」、「がんばれば悔いは残らない」。そう言われたところで、これ以上がんばれない状況にある人には何の足しにもなりません。

「がんばれ!」
この言葉は、むしろ生きることで精一杯な人には負担を増やす言葉です。

一億総うつ時代といわれている現在の日本で、「がんばれ」はそう簡単に使える言葉ではなくなりました。

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2007年2月15日 (木)

答なんか・・・

勤務校では,高1対象に「ゼミ」という授業が時間割の中にあります。
今は,文部科学省学習指導要領の『総合的学習の時間』の単位にカウントされていますが,
勤務校では,文部科学省が『総合的学習の時間』なんて言い出す前から,実施しています。
私は数学教師ですが,『自分とつきあう』という,なんだか怪しげ(?)なゼミを担当しています。
それはさておき,
それらのゼミの中に『社会のしくみを考える』という,またまた怪しげ(=面白そう!?)な講座があります。
このゼミの一大特徴は,1年間,毎回講師が変わるということです。
講師は卒業生が務めるのですが,原則として,41歳年上のOBが講師としてやってきます。
でもって,今日はたまたま数学の先生がやってきました。
実は私も数学教師なのですが,今日の数学の先生はすごかったです。
何がすごいって数学へののめり込み具合がすごいのです。
なんでそんなことを知っている(同じ時間帯の裏番組授業なのに)のかというと,
この『社会のしくみを考える』という講座だけは,
放課後に,ほぼ同一内容で,中一から高三まで自由参加のオプションコースがあるのです。
通称『OBゼミ』といいます。
私は今日,それに出てきたのです。

さて,そこで講師の先生がこんなことを言っていました。

「正しいとわかっていることを学ぶのはつまらない。
寧ろ,正しいかどうかわからないことを考えるのが面白い。

つまり,正しいことが証明できるのか,
それとも,正しくないことを立証する例(反例といいます)があるのかを探ることが面白い」

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2006年12月 8日 (金)

焼きいも大将

St310020_3 St310021_1 St310019_2St310027_4 St310023_2St310022 12月5日は,今年最後のホームルームでした。で,行った企画は「焼きいも」。
(即アップしたかったのですが,ココログ53時間メンテナンスの関係でアップが今日になっちゃいました)
校内にある側溝を利用して,学年180人で行いました。
焼いたものは,各自が家から持ってきたいも。
さつまいもでもじゃがいもでも良しとしました。
また,肉や魚などのような腐るもの以外なら何でも良しとしたので,
中には,バナナ,リンゴ,トウモロコシ,餅,マシュマロなどを持ってきて焼いている生徒もいました。

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2006年12月 1日 (金)

『日本の父へ』

061201私は1986年に教員になりました。
その2年前の1984年に,グスタフ・フォス著『日本の父へ』(新潮文庫 昭和55年)という本を読みました。
どういうきっかけでこの本を読むことにしたのかは,良く覚えていないのですが,
当時,あまり教育に興味のなかった私が,
自らすすんでこの本を読もうとしたとは思えません。
多分,当時読んでいたカトリック関係の評論文で紹介されていたのか,
大学の何かの授業の参考図書に挙がっていたのでしょう。

先ほどの書斎(といっても4畳です)の本棚をあさっていたら,その文庫本が出てきました。
左の写真のように,もう,表紙にはカビがはえています。
この本を買ってから,4回引っ越しをしました。
そのたびに,本はだいぶ捨ててきました。
特に,文庫本は,惜しげもなく捨ててきました。
(今だったら,BookOffに売りますね。)
なのに,この本は捨てずに,今でも持っているのが不思議です。

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2006年11月29日 (水)

『マイ・クレヨン』

昨日のホームルームでこんなことをやりました。06112801_2

  1. 4人一組でグループを作り,机をつけて輪になって座る。
  2. 1人に一枚ずつ画用紙を渡す。
  3. グループに4色のクレヨンを渡し,一本ずつをそれぞれに持ってもらう。どの色を誰が使うかは話し合って決めてもらうが,一度各自のクレヨンを決めたら¸この活動のあいだ中クレヨンの交換は絶対にしない。だから,自分のクレヨンを「マイ・クレヨン」と呼ぶ。(それでこの活動の名前を『マイ・クレヨン』としましたが,オリジナルは,2006年度日本キャリア教育学会全国研究大会の会期中,会員企画シンポジウムにおいて,「學匠」というキャリア教育を支援する会社の代表の方が報告された"It's a small warld"というエクササイズです。)
  4. 各自が,「ホッとする場所」や「ニコニコできる場面」を思い浮かべる。
  5. 数分したら,グループ内の各自が自分のクレヨンを使って,その絵を描いてみる。ただし,一色しか持っていないので,思っていることを完全には表現できない。
  6. 5分ほどしたら,輪になって座っている4人グループの右隣の人に,自分が描いた絵の場所・場面と,自分がどんな気持ちでその絵を描いたかを伝え,自分の画用紙を手渡す。
  7. 受け取った人は,前に描いた人が伝えてくれた気持ちを大切にして,今度は自分のクレヨンで,そこに新たな絵をかきたす。(クレヨンはずっと各自が「マイ・クレヨン」を使うので,これで画用紙の絵は2色になった。)
  8. また5分ほどしたら,また右隣の人に,前の人の場所・場面設定と,前の人と自分のその絵に対する気持ちを伝え,画用紙を手渡す。
  9. 受け取った人は,前の人が伝えてくれた気持ちを大切にして,自分のクレヨンで¸そこに新たな絵をかきたす。(クレヨンはずっと各自が「マイ·クレヨン」を使うので,これで画用紙の絵は3色になった。)
  10. また5分ほどしたら,同じように右隣の人に画用紙を渡し,渡された人はそこにマイ・クレヨンで絵をかきたす。これで4色になった。5分ほどしたら終了。描くのはここまで。
  11. 最後に右隣の人に画用紙を渡す。これで自分が最初に描いた画用紙が各自に戻ることになる。自分が描き始めた絵だが,もうクレヨンでかきたすことはせず,眺める。
  12. 4人で絵を見ながらシェアリングする。

こんな具合です。

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2006年11月25日 (土)

灰谷健次郎氏

061125 児童文学者の灰谷健次郎氏が23日に亡くなった
72歳だったという。

灰谷健次郎さんの作品を初めて読んだのは大学1年生のときだった。
『兎の眼』。
出版されてから8年経ってから読んだ。

実は私の教師としての基本姿勢は,効率主義の排除です。
効果があればやるが,効果がないならやらないという合理主義的な考えは
教育の基本姿勢として間違っていると考えているのです。
教育において効率主義が正しいのなら,
あらゆる意味で効率の良い教師だけを雇えばいいし,
---最近,実際にそういう学校があるようです。しかし・・・---
それならいっそのこと,昔アメリカの教育工学者が考えたティーチング・マシンをどんどん導入すれば良いわけです。
さすがに,効率主義の国アメリカでもティーチング・マシンは普及しませんでしたが,
一時は真面目にそれが良いと考える学者がいたのです。

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