2007年2月15日 (木)

答なんか・・・

勤務校では,高1対象に「ゼミ」という授業が時間割の中にあります。
今は,文部科学省学習指導要領の『総合的学習の時間』の単位にカウントされていますが,
勤務校では,文部科学省が『総合的学習の時間』なんて言い出す前から,実施しています。
私は数学教師ですが,『自分とつきあう』という,なんだか怪しげ(?)なゼミを担当しています。
それはさておき,
それらのゼミの中に『社会のしくみを考える』という,またまた怪しげ(=面白そう!?)な講座があります。
このゼミの一大特徴は,1年間,毎回講師が変わるということです。
講師は卒業生が務めるのですが,原則として,41歳年上のOBが講師としてやってきます。
でもって,今日はたまたま数学の先生がやってきました。
実は私も数学教師なのですが,今日の数学の先生はすごかったです。
何がすごいって数学へののめり込み具合がすごいのです。
なんでそんなことを知っている(同じ時間帯の裏番組授業なのに)のかというと,
この『社会のしくみを考える』という講座だけは,
放課後に,ほぼ同一内容で,中一から高三まで自由参加のオプションコースがあるのです。
通称『OBゼミ』といいます。
私は今日,それに出てきたのです。

さて,そこで講師の先生がこんなことを言っていました。

「正しいとわかっていることを学ぶのはつまらない。
寧ろ,正しいかどうかわからないことを考えるのが面白い。

つまり,正しいことが証明できるのか,
それとも,正しくないことを立証する例(反例といいます)があるのかを探ることが面白い」

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2007年1月22日 (月)

他のありよう

不便なところに住んでいるので,家族を最寄り駅まで迎えに行くことが多い。
大抵,電車の到着時刻に合わせて私がちょっと先に着き,
少しすると,妻とか娘とかがが車に乗ってくる。
その数分から10分待ち時間の暇つぶしのために,
車には,一冊の本が置いてある。
スーザン・ヘイワード『聖なる知恵の言葉』(PHP研究所 1995)だ。

実はこの本,昨年,「ブックオフ」に古本を売った際にもらったサービス券で買った。
多分,100円か200円だったと思う。

今日,こんな言葉を見つけた。

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2007年1月 4日 (木)

割り切れないけれど・・・

任意の2つの自然数(1,2,3,・・・のことです。日本の中学校の教科書によれば)を選んだとき,一方が他方で割り切れることは,圧倒的に少ないのは当たり前ですよね。たとえば,16と3を選べば,「16÷3=5余り1」となるわけです。18と9とか,100と25のように,たまたま,商が整数になり,余りがでないことの方が,ある意味で(大袈裟に言えば)「奇跡的」なわけです。なぜなら,自然数は無限に存在するのですから・・・。無限に存在する自然数から,任意の(かってな)自然数を2つエイっと選び出したとき,それらの一方が他方を割り切ることなんて,ほとんど期待できないわけです。なんか珍しく数学の先生みたいな(といっても私の職業は数学教師ですが)話をしていますが,ここから書くことはあまり数学と関係ありません。

元旦のブログは,元旦に相応しくなく「コンプレックス」なんてタイトルで書きました。
でも,実はいろいろ考えて,そのタイトルにしました。
その中で,哲学者の中島義道氏の著書『英語コンプレックス脱出』(NTT出版 2004年)から,少し引用しましたが,この本は,比較的平易ながら中身がとても濃い本です。その濃い中身を一言で総括しますと,英語コンプレックスは,人間の持つコンプレックスの一つの露呈のしかたであるということが書かれています。他の何か(英語そのものの場合も含む)に対するコンプレックスの一つの表れであるというのです。中島義道氏は,この本の本文230ページのうち,なんと220ページも費やして,このことを,非常に多くの「日本人論」(多くは新書のような一般向けの本)を年代別に,あるいは系統わけすることによって,読者に説得しています。というか,つじつまを合わせていると言った方が良いかもしれません。しかし,これはけっしてこの本に対する悪口を書いているのではありません。そもそも一般向けの評論とはそういうことをすることだと思います。

そして,残り10ページで,中島氏は,そのコンプレックス一般を解消する「生き方」を非常に簡潔に五つに整理しています。(221ページ)

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2007年1月 1日 (月)

コンプレックス

070102_0_1 今年の"NEW YEAR"は,初めて国外で迎えました。移民(大部分が英国からですが)が52パーセントもいる,その国の港町に6日間滞在したのですが,港ではニュー・イヤーに合わせて大花火大会が催されました。治安は良い方の街だったので,新年のカウントダウンの2時間くらい前から,家族で連れ立って港の方へ繰り出しました。立錐の余地もないほど,港の公園は人・人・人・・・でした。酔っぱらった若い男性が,何人か私の家族(女性4人)に絡んできたりしましたが,そんなに大きな問題にもならずに,やり過ごすことができていました。私たち家族の周囲には,大学生か20代の男女のグループがいて,すぐに打ち解けた雰囲気になりました。この街では,アルコールを「家の前以外」の道路で飲むことが禁止されていると聞いていたので,私は(大好きな)アルコールを持たずに,その花火大会を見に行きました。しかし,この日だけは特別だったようです。私たち家族は,先ほどのグループの中の,ある姉弟と知り合いになり,妻と私は,新年が明ける30分くらい前に,その姉弟から缶チューハイ(みたいなリキュール)をいただいてしまいました。日本人らしく(?)遠慮したのですが,その姉弟が"HAPPY NEW YEAR"と繰り返し言いながら,勧めてくれたので,「サンキュウ・ベリ・マッチ」と日本英語(?)で言いながらいただきました。 070102_1

そうして,周囲の若者たちと,私の家族で新年のカウントダウンを待っていたのですが,新年の20分くらい前にアクシデントが起きました。 私は突然,背後から何者かに背中を押され吹っ飛ばされたのです! 実は,元々ギックリ腰の状態だったので,その痛みは,気を失う程でした。 2メートルくらい飛ばされましたが,本能的に地面すれすれで体勢を立て直し,かろうじて転倒はしませんでした。しかし,持っていた缶チューハイが次女にかかってしまいました!私は,これも本能的に,背中を突いた者の方を向きました。風貌や鼻の下の髭から,イスラム系の人に似ていました。しかし,定かではありません。体勢を整えつつある私を見ながら,その男は,何ごとか私に罵りの言葉を浴びせながら,歩き去って行きました。

(私はもちろんですが),私の家族と,先ほどの缶チューハイの姉弟はとてもびっくりしました。家族は日本語で一斉に「大丈夫!?」と寄ってきました。即座に,「大丈夫!」と答えました。そして,缶チューハイをくれた姉弟の姉の方も,多分英語で,「大丈夫か?」というような意味のことを言ってくれたのだと思います。なぜ,「思います」と書いたのかというと,私にとっても,周囲にとってもあまりに急であったことと,私の語学力のなさから,彼女が私にどんな言葉をかけたのか,正確にはわからなかったからです。 しかし,間違えなく,「大丈夫か?」という意味のことを言ったと思います。なぜなら,私が,"I'm OK."と言ったのか,"All Right."と言ったのか(これも覚えていませんが),そんなようなことを言ったら,「ああ,良かった」という意味のリアクションをしてくれたからです。

さて,この事件から一日経って,このブログを書いていますが,私を乱暴に突き飛ばした男が,言語で何と言ったのか,わかりません。そもそも何語で怒鳴られたのかもわかりません。また,私を心配してくれた姉弟が何と言ってくれたのかもわかりません。それも何語だったのか?それまで彼等は英語を話していましたから,英語なのでしょうが・・・。 しかし,わかっているのは,私を突き飛ばした男は私が邪魔で敵意を持っていたこと,そして,直前に知り合った姉弟は私を思いやってくれたこと。 どちらも,コミュニケーションがとれていたわけです。もちろん,私を突き飛ばした男性のコミュニケーションの仕方は下手ですし,私は,悲しいし,痛いし,怒っています。ゆるせない気持ちもあります。 しかし,彼と私は明らかにコミュニケートしました。なぜなら,私は,突き飛ばした男にも反応しましたし,心配そうに声を掛けてくれた姉弟にも反応したからです。

ある心理学の本に, "The meaning of your communication is the response that you get." と書いてあります。私が男に突き飛ばされてそのまま倒れ込んでいたら,(あるいは,押されても,まったく微動だにしなかったら,)つまり,無反応だったら,コミュニケーションは成立しなかったでしょう。また,心配してくれた外国人の姉弟に,私が何らかのメッセージを発さなかったら,コミュニケーションは成立しなかったでしょう。しかし,かろうじてどちらにも反応することができました。そして,そのどちらも,言語的な反応ではありませんでした。正確に言えば,何某かの言語は発していたのですが,それ(言語)でコミュニケーションしたとは到底思えません。

そもそも,この一連のコミュニケーションの始まりは,見知らぬ男が,私を突き飛ばすという,極端なボディ・ランゲージから始まったわけです。例の姉弟も私に何と声を掛けたのかわかりません。ただし,明らかに,顔の表情や,座り込んだ私の目線まで下がってきて語りかけてくれた姿勢から,心配してくれている様子が伝わってきました。

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2006年12月11日 (月)

そんな重荷に耐え続けることはできない

私の好きな聖書箇所の一つに

「(神さまは)あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず,試練と共に,それに耐えられるよう,逃れる道をも備えていてくださいます。」
(Ⅰコリント1:13 日本聖書協会 新共同訳聖書)

というのがあります。
この聖句は結構私の支えになっています。
特に,最後の,神さまが逃げ道を準備して下さっているという行が大好きです。

ところが人間はときとして,自分にとんでもない試練を課してしまう。
それは,人に対する怒りの停滞です。
先月も,「怒りは自分に盛る毒」という
アメリカ・インディアンの格言を引用しました
が,
今日も同じ本(エリコ・ロウ『アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉』扶桑社)
から,ほぼ同意の格言を紹介します。

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2006年12月 1日 (金)

『日本の父へ』

061201私は1986年に教員になりました。
その2年前の1984年に,グスタフ・フォス著『日本の父へ』(新潮文庫 昭和55年)という本を読みました。
どういうきっかけでこの本を読むことにしたのかは,良く覚えていないのですが,
当時,あまり教育に興味のなかった私が,
自らすすんでこの本を読もうとしたとは思えません。
多分,当時読んでいたカトリック関係の評論文で紹介されていたのか,
大学の何かの授業の参考図書に挙がっていたのでしょう。

先ほどの書斎(といっても4畳です)の本棚をあさっていたら,その文庫本が出てきました。
左の写真のように,もう,表紙にはカビがはえています。
この本を買ってから,4回引っ越しをしました。
そのたびに,本はだいぶ捨ててきました。
特に,文庫本は,惜しげもなく捨ててきました。
(今だったら,BookOffに売りますね。)
なのに,この本は捨てずに,今でも持っているのが不思議です。

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2006年11月26日 (日)

自分が負った過去の傷を手放す

061126 ジェラルド・G・ジャンポルスキー著,大内博訳『ゆるすということ』(サンマーク文庫 2006年)という本を読みました。

次の症状はほとんど私が慢性的に経験しているものばかりです。皆さんはどうでしょうか?

頭痛,腰痛,首の痛み,胃炎や潰瘍,憂鬱,元気が出ない,焦燥感,イライラする,緊張・不安感,不眠症・落ち着かない,漠然とした恐怖,不幸せな気持ち

これらは,ジェラルド・G・ジャンポルスキーによれば,人が人を「ゆるさないことで起こりうる症状の,ごく一部」(p.64)だといいます。
もちろんこれらの症状の原因のすべてが人をゆるさないことなどとは思えませんが,
私の拙い経験から考えると,他に身体的な要因がないのなら,原因をそこに求めることは的外れでない場合が多いと思います。

ところで,ゆるすという行為はすぐれて主体的な行為です。

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2006年11月25日 (土)

灰谷健次郎氏

061125 児童文学者の灰谷健次郎氏が23日に亡くなった
72歳だったという。

灰谷健次郎さんの作品を初めて読んだのは大学1年生のときだった。
『兎の眼』。
出版されてから8年経ってから読んだ。

実は私の教師としての基本姿勢は,効率主義の排除です。
効果があればやるが,効果がないならやらないという合理主義的な考えは
教育の基本姿勢として間違っていると考えているのです。
教育において効率主義が正しいのなら,
あらゆる意味で効率の良い教師だけを雇えばいいし,
---最近,実際にそういう学校があるようです。しかし・・・---
それならいっそのこと,昔アメリカの教育工学者が考えたティーチング・マシンをどんどん導入すれば良いわけです。
さすがに,効率主義の国アメリカでもティーチング・マシンは普及しませんでしたが,
一時は真面目にそれが良いと考える学者がいたのです。

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2006年11月21日 (火)

心の中に魚が棲んでいる人

鎌倉に湖があることは,実はあまり知られていないが,鎌倉湖という湖が存在する。
私の家から徒歩10分くらいのところにある。
私が利用しているバスも,江ノ電バスの「鎌倉湖畔循環」という系統だ。
私の家の前の通りは,湖畔通りという名前が付けられている。
ただし,そんな風に呼ぶ人にあったことはない。
みんなバス通りと呼んでいる。
ああ,風情がないなあ。
まあ,江ノ電バスには風情があるからいいか。

この湖。名前は鎌倉湖だが,元は灌漑用の人工池だったらしい。
江戸末期から明治初期かけて地元の農民たちが労働奉仕で作ったらしい。
今の時期はとても紅葉がきれいだ。

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2006年11月19日 (日)

「病」を排除する効率主義への警告

061119_1 今日の朝日新聞の「読書」のページで,精神科医の香山リカさんが,『生命と現実』(河出書房新社)という本の書評を書いていました。私は気になってはいるものの,まだこの本を読んでいません。精神病理学者・木村敏氏と哲学者・檜垣立哉氏との対談本です。香山リカさんによるその書評のタイトルを,そのまま今日のブログのタイトルとしました。
香山リカさんは,書評の最後を次のように締め括っています。

「症状はすべて生体にとって,意味のある反応である」。
これは,「病であること」をマイナス要因として
とかく排除しようとする効率主義的な現代社会への
大いなる警告でもあろう。

これを読んで私は,「肯定的意図」という言葉を思い出しました。
先月,あるワークで学んだ考えで,
表面的には,どんなにマイナスな行動や症状にも,その裏側,
というか深層部には肯定的な意図があるというものです。
20世紀の偉大な心理療法家の一人に数えられるミルトン・エリクソンが
来談者と関わる際に,前提としていた重要な考えです。

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2006年11月18日 (土)

青い梅

061118_1 アメリカインディアンのホビ族という一族の格言に

怒りは自分に盛る毒

というのがあるそうです。
(エリコ・ロウ『アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉』扶桑社文庫p.138)

また,聖書には,

人の怒りは神の義を実現しない
(ヤコブの手紙1章20節 日本聖書協会・新共同訳聖書)

と書いてあります。

しかし,「怒り」という感情そのものは悪でも善でもありません。
そもそも感情に善悪はないのですから・・・。

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2006年11月 6日 (月)

僕の生まれ故郷は横須賀の浦賀というところです。
家はいわゆる商工業地域にあったので庭がありませんでした。
建物自体は古かったものの比較的広い方でした。
しかし,敷地いっぱいに建ててあったその家には庭がありませんでした。
だから,子どもの頃から,庭のある家に憧れていました。

その後,学生時代は何カ所かアパートに一人暮らしをしました。
当たり前ですが,庭などあるわけがありません。

結婚して独立したのですが,最初に住んだのはマンションの2階。
次に住んだのもマンションの2階でした。
その次に住んだのは,妻の実家でしたが,
ここもまた商業地区であったため,庭はありませんでした。
花好きの妻は,狭い玄関先に,所狭しときれいな鉢植えの花を育てていましたが,
心ない人にいたずらされ,荒らされ,結局,そこでは花を育てることを断念しました。

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2006年10月22日 (日)

あいたくて

061022_1 昨日も引用した詩人・工藤直子さんの「あいたくて」。
この詩は,詩集『あ・い・た・く・て』(大日本図書 1991年)や左の写真・『工藤直子詩集』(角川春樹事務所 2002年)などに収められている。

昨日記事を書いた後で,ネット検索したら,非常に多くの人がこの作品について書いている。
ある人はブログで,ある人は教材研究として。
特に教材研究としてのページが多いのは,この作品が小学校6年生の国語の教科書に載っているからだ。アチコチのページに詩の全文が引用されている。これは,この作品が「現代の古典的」な作品となっているからかもしれない。教員によるものが多いので教材感覚で全文引用してしまったのかもしれない。どちらも当たっていると思う。しかし,それ以外に,どうしてもこの詩をみんなに知らせたいという気持ちが全文引用の多さに繋がったのだろう。

この詩の全体を通して読まれたい方は,たとえば,
『徳永一哉のホームページ』(サイト運営者との面識はありません。検索で見つけました)内の
http://www.synapse.ne.jp/kazuya/image1.gif
に全文の画像があるので,そちらをみていただきたい。

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2006年10月16日 (月)

『僕たちの戦争』

いま,担当している高1ゼミナール『自分とつきあう』という講座で,V.フランクルの『夜と霧』を読んでいます。囚人となった精神科医(著者)が内部から見た強制収容所体験記としてあまりにも有名な本です。この本は,アメリカ国内で数年前に実施された「100年後にも読み継がれて欲しい本ベスト100」の中で,7位にランクされているそうです。1位はもちろん聖書ですが,心理学・精神医学医関係の本では,この本が最高位だそうです。この本を読まれた方は納得すると思います。このブログを書いているのは自宅で,テキスト(本)は学校にあるため,正確な引用はできないのですが,その本の中に,(アウシュビッツ強制収容所のような)異常な状況に置かれた場合,異常な反応を示すのが正常なことであると書かれていました。

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2006年8月29日 (火)

秋風がそっと座った

各駅停車060828_5
先に降りた
キミの席に
秋風が
そっと座った

知り合いが本を出版された。
しかも,有り難いことに送って下さった。

この知り合いのとは,
実は,そんなに何度も会ったわけではない。
おそらく数えるくらい。
でも,会ったときには,本来の会うための目的を超えて
久しぶりに会った同級生のように話してしまった。

いただいた本はには,「五行歌」というジャンルの詩が
何十編か載っている。
冒頭の一編もその一つで,今回僕が一番気に入った詩だ。

伊豆の恋人岬というところに行ったとき,
そこの記念碑に「途中下車禁止」
と書いてあったのを思い出した。

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2006年5月30日 (火)

毎日が人生

ある白髪の修道女がこういったんです。『効果があればやる,効果がなければやらないという考え方は合理主義といえるでしょうが,これを人間の生き方にあてはめるのはまちがいです。この子どもたちは,ここでの毎日毎日が人生なのです。その人生を子どもたちなりに喜びをもって,充実して生きていくことが大切なのです。わたしたちの努力目標もそこにあります』村野さん,このことばをわれわれ教師はじっくりかみしめて考えんといけません。(灰谷健次郎『兎の眼』角川文庫 p.181)

灰谷健次郎さんの小説では,この白髪の修道女は,知的障害児と一生をすごしたという設定だ。実在するシスターかどうか調べられなかったが,多分,モデルはいるのだろう。(ご存じの方がいたらコメント下さい。)上の台詞は,この小説の登場人物の一人「足立先生」が職員会議で,「村野先生」に向かって言った。私は教師を志す3年くらい前にこの本を読んだのだが,大変な感銘を受けた。

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2006年3月15日 (水)

敵から自分を守ろうとしないで・・・

060315 バーナード・ベンソン著『平和の本』の邦訳はすでに絶版で現在入手が困難な本である。1984年にYMCA出版から発売された。私の手元にあるのは第1刷だが,その後,いつ頃入手困難になったのかよく分からないが,最近までたまにキリスト教関連書店で見かけたような気もする。

この中に次のような場面が出てくるが,私はこれを読んだ1985年以来,ずっと覚えている。(119ページ)

一人の少年が大国の大統領に次のように言う。「平和がずっとつづく秘訣がいったいなんだか知りたくありませんか,大統領?・・・

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2006年3月 7日 (火)

全てはプラス。全ては恵みの雨。

060307 このブログを読んで下さっている人たちの中で,歌手・岡林信康を知っている人はどれくらいいるだろうか?開設以来何度かこのブログで彼のことを話題にしたが,彼のことに関するコメント,TBともにゼロである。

岡林信康。1946年生まれ。学生運動が盛んだった1960年代後半,彼は「フォークの神様」よ呼ばれた男である。

しかし,その後,彼は人々の記憶からだんだん消えていった。彼は今,御歌囃子(「おかばはし」と読む)と自分で名付けた音楽を小さなコンサートで細々と続けている。

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2006年3月 5日 (日)

神は一方的に・・・

060305   「 神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」

カトリック教会では,今日は「四旬節第1主日」でした。冒頭のみ言葉は今日読まれた福音書の中にある有名な箇所です。(『マルコによる福音』1.15)

これは,イエス自らの宣教開始宣言です。それはまた「神の国」の始まりとも言えましょう。

さて,ここで「悔い改め」という言葉ですが,東京教区の「福音のヒント」にもあるように,「メタノイア」という言葉が使われていて,「メタ」は「変える」,「ノイア(ヌース)」は「心」の意味なのだそうです。まさに心の方向転換ですから,(改心ではなく)「回心」という訳が相応しいことがわかります。

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2006年3月 3日 (金)

「希望」と「確信」

060303_1 「目に見えない世界が,目に見える世界を支えているという実感が必要だった」。これは以前に引用したミリオンセラー『博士の愛した数式』(小川洋子著,新潮文庫 2004年,180ページ)の登場人物の一人の思いである。

さて,これと同じような言葉をどこかで読んだことがあると,ずっと思っていたのが,今日,「この人の著書のどれかだったはず」と思い,福井達雨氏(リンクはウィキペディア)の著作群を,パラパラとめくっていたら,その箇所が運良く見つかった。

『草は枯れ,花は散るとも---子どもたちに生かされて35年』(柏樹社 1986年)から引用する。

(前略)しかし,そのような現実の中でも,(いつかは,この子どもたちが胸を張って歩ける日本の社会がくる)という素晴らしい一つの確信と希望を持っていました。何故そのような確信を持っていたかというと,私たちが死ぬまでその確信していることが実現できないことを知っていたからです。確信というものは,できないから持つものです。もし,やろうとすることが必ず成就するなら,やればできるのですから,確信は必要がないと思うのです。
 さて,この子どもたちが胸を張って歩ける日本の社会は,私たちが生きている間ほ絶対に来ないと思います。できないこと,不可能なことに向かって挑戦し,立ち向かっていくためには,確信がなければできません。そして,ひたすら待ち望む世界がないとできないものです。しかし,その確信というものは,人間の力や人間の知恵でほ持つことができません。それは,目に見えない真理によって与えられるものです。上からの,ある大きな力によって与えられるものです。そのことを,私は重い知恵おくれの子どもたちと共に歩んできてシミジミと感じてきました。(147ページ)

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2006年2月27日 (月)

雅子さまはあなたと一緒に泣いている

062027 女性の生き方について,活発に評論活動を展開している精神科医の香山リカさんの『<雅子さま>はあなたと一緒に泣いている』(筑摩書房 2005年)を読んだ。

この本が出版されたのは昨年だから,まだ秋篠宮妃紀子さんは第三子をご懐妊されてはいなかった。しかし,今日読んでも,なんら「古く」はなっていない。なぜならこの本は,精神科医の著作ではあるが,(著者の言葉を借りれば,)「決して「雅子さまの深層心理を暴く」のが目的ではない」(188ページ)からである。

この本は,「雅子さまをひとつの手がかりとして現代の女性たちが直面している問題について考えるために書かれたもの」(187ページ)である。

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2006年2月16日 (木)

博士の愛した数式

060216 私のbookmark集「ブログの輪」に加えさせていただいているpiyoさんが,小川洋子著『博士の愛した数式』(新潮社)を,「いい話だ」と自らのブログ「うつらうつらとまどろみながら」で紹介されたのは先月の23日でした。その直後,同僚で先輩数学教師のA氏からも,「この本は面白い」と薦められました。この本のことは知っていましたが,それまでは今ひとつ読む気がしませんでした。しかし,piyoさんとA氏が,ほぼ同時に,「いいよ」と言っておられたので,読んでみました。

久しぶりに,じんわりと感動する小説でした。

これから読まれる方にストーリーがわからないように私が感動した理由を伝えるのは難しいものです。ですから,ブログに書こうかどうか迷いました。しかし,逆にこのブログを読まれた方が,『博士の愛した数式』を読んでみようかな~,という気になることを願って,心に響いたフレーズを,数カ所引用しようと思います。

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2006年1月10日 (火)

安心・自信・自由

日本よりも早く,子どもへのさまざまな虐待が顕れた米国に,CAP(=Child Assault Prevention)と呼ばれるプログラムがある。日本では森田ゆり氏が積極的に紹介している。岩波からブックレット『子どもの虐待』を出版している。

さて,タイトルの「安心・自信・自由」は,CAP(子どもへの暴力防止)の中で,必要性・重要性が説かれている三大要素である。

私はCAPの思想をクラス運営に取り入れている。今日は,3学期始業式であったので,クラスで次のような話をした。(4年くらい前にカトリック学校関係のある冊子に書いた内容の一部であるが。)

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2006年1月 2日 (月)

初詣

060102_2 昨日はブログに書いたようにミサに与ったが,実は10時30分のミサは普段半分ほどしか人がいなかった。理由は,私の所属教会が鶴岡八幡宮という有名な神社の近くにあるからである。鶴岡八幡宮は3が日で210万人の初詣客を予想している。実際には1日の曇天と今日の雨天で予想を下回るであろうが。それで,3が日は,市内中心部への車の乗り入れが出来ない。私の教会は八幡さまに近いお陰で,近所のコイン・パーキングには事欠かず,私もそうだが,普段はマイカーでミサに与るに来る人が割と多い。1日の場合はそれは100%不可能である。また,電車は横須賀線だが,通勤ラッシュ並みの混雑となる。そんな訳で1日のミサは普段の半分の人数で執り行われた。

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2005年12月30日 (金)

「お前は私だ」

051230 愛するとは,なま易しいことではない。

しかし,哲学者の今道友信さんは,著書『愛について』(講談社 1972)の冒頭で,「愛は原体験である」と述べている。原体験とは,すべての人が体験しなければならない(また,しているはずの)体験を指す。

現代の神秘家といわれるモーリス・ズンデル神父は,著書『沈黙を聴く』(女子パウロ会 1992)の中(追加記載:『沈黙を聴く』はズンデルの著書ではなく,ズンデルが残した手記などを,福岡カルメル会が編訳したものでした。30日午後3時45分追加)で,

「愛するとは,他者となること」

と言い切っている。

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2005年12月16日 (金)

犬になった人の譬え話

昨日のブログでリバス神父の話を書きました。「マリアは悔しかった」という印象的なクリスマス・メッセージと共に,もう一つ紹介したかったのが,師の著書『ミサ 神の愛の確認』(新世社 1996年)に収められている次の譬え話です。

昔々とてもやさしいおじいちゃんがいました。三十歳ぐらいの自分の子供と一緒に非常に幸せに住んでいました。そのおじいちゃんには特技がありました。それは犬を作るという技術でした。とてもやさしい方で,犬を一匹一匹心を込めて作っていました。自分の幸せを犬たちとも分かち合いたいと思って造ったのです。いつのまにか自分の家は,大きい犬や小さい犬でいっぱいになりました。その子供と相談した結果,犬たちを近くの野原に出して,餌をいっぱい与えて,大さい犬も小さい犬も皆自由に,伸び伸びと育って幸せに過ごすように求めて,それを犬たち自身に任せました。
数日後気になっていたので子供と一緒に犬を見に行きました。近づくにつれて,犬たちの吠え声や鳴き声が聞こえてきました。足を早め,そこに見た有様は非常に苦しいものでした。犬たちは皆争って,噛みつき合い,殺し合っていました。
非常に心を痛めたお父さんと子供は,どういうふうに犬たちを救うことができるかということについて話し合いました。一匹一匹を別の木に縛りつけたらどうかなどと考えていましたが,殺し合っている犬たちの中に入るだけでも危険ですし,また,不自由になった犬たちも幸せにならないでしょう,と。
考えているうちに三十歳の子供の顔が輝きました。「お父さん,僕が犬になります。犬になって彼らを救います」。父親は「犬になったら殺されるに決まっているし,強い犬でなく,弱くて惨めなものにならないと苦しんでいる犬たちは信じてくれないし,お前の言葉を聞きもしないだろう」と。それに対して子供は言いました。「私はこの犬たちに,御父に愛されていることを知らせたい。そして愛し合って生きるように教えたいのです。おっしゃる通り聞きもしないで私をも殺してしまうでしょう。弱くて,皆に捨てられるような惨めな犬になるから死ぬ覚悟でいます。しかし何匹かの犬たちが御父の愛を信じて,その教えを受け入れて全世界の犬たちに教えてくれるでしょう。そしてやがては全世界の犬たちが愛し合って生きれる社会に変えてくれるでしょう」

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2005年12月14日 (水)

昔は禁書だった!?遠藤周作

主の道に通ずる入り口はたくさんある。

一昨日のブログ,私はこう最後に書いた。
仕事柄(カトリック学校教師),私の周囲にはキリスト教信者が多い。仕事外でもやはり信者の知り合いが多い。もちろん自分の属するカトリックが圧倒的に多いが,プロテスタント諸派の教会に所属している友人・知り合いも何人かいて,聖公会の知り合いも少しいる。

今は私はイエズス会の学校に勤務しているが,新卒で最初に勤務した学校が「アトンメントのフランシスコ会」という修道会が設立母体となっている学校だった。アトンメント会はもともと教会一致(at-one-ment)を目指し聖公会の中に生まれた修道会だったが,本来の一致を目指すために設立約20年後に修道会ごとカトリックに改宗した非常にめずらしい修道会だ。1909年のことだが,ローマ・カトリック教会の歴史上初の出来事だったと言われている。(藤原當悟監修『再一致の預言者』オリエンス宗教研究所 1991年)

また,カトリックの大学に通っていたが,ゼミ(理系です)の指導教授はプロテスタントの牧師さんだった。

私が比較的エキュメニカルなものの考え方をしてしまうのも,このような環境で生きてきたせいもあるかもしれない。

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2005年11月30日 (水)

八木重吉

信仰詩人の八木重吉(1898~1927年)が次のような詩稿(詩集とならなかったもの)を残している。

さがしたってないんだ
じぶんが
ぐうっと熱が高まってゆくほかはない
じぶんのからだをもやして
あたりをあかるくするほかはない

「じぶんのからだをもやしてあたりをあかるくするほかはない」。彼はローソクのように光となって命をすり減らした。結核に冒され,29歳の若さで帰天した重吉。「さがしたってないんだ」という心境に行き着くまでの求道&闘病生活はどんなだったのか。

歿後32年して,出版された『貧しき信徒』(新教出版社 1958年)という詩集の中に,次の詩がある。

この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美しさに耐えかねて
琴はしずかに鳴りいだすだろう

(「素朴な琴」)

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2005年11月29日 (火)

難儀な時にするのが仕事

051129 タイトルの言葉は,下重暁子著『鋼の女』(集英社文庫 2003年)の中にある。この本は,最後の瞽女(「ごぜ」と読む)・小林ハルさんの伝記である。「瞽女」とは,三味線を弾き唄いながら,村々を巡った盲目女性の旅芸人のことで,文献上は室町時代には既にあったらしく,昭和初期までは,新潟県や東北地方の伝統芸能だったものである。ハルさんはその中で最後まで活躍した瞽女であった。1900年生まれの彼女は,生後100日で失明。6歳で瞽女に弟子入り。9歳からは旅芸人としての生活が始まった。それから,1973年目まで,三味線片手に村々を廻り,豪雪地帯の人々の娯楽の一端を担った。1978年に人間国宝となると,「瞽女と鶏は死ぬまで唄わねばなんね」の言葉の通り,再び瞽女としての活動を再開した。そして今年4月,105歳の生涯を閉じた。

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2005年11月24日 (木)

『ブッタとシッタカブッタ』

buta 小泉宏吉著『ブッタとシッタカブッタ』(メディアファクトリー 1993)。12年前に出版された本(マンガ)です。このブログを読んで下さっている方々の中にはご存じの方も多いと思いますが,最近は10代の学生さんも何人か読んで下さっているので,今日はこのちょっと古い本の話をします。

僕はこの本が出た頃に何気なく本屋で手に取り,これは面白いと思い,すぐに買いました。まだ,そんなに有名な本(マンガ)ではなかったと思います。ほどなく有名になり,続編が次々と出ました。いわゆる癒し系の本です。その後「癒し系本ブーム」は今日まで続いていますが,『ブッタとシッタカブッタ』シリーズは,心に染み入る本です。また,マンガ嫌いの僕でも読めるマンガです。

その中にこんな話があました。

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2005年11月21日 (月)

『きよしこ』

昨日紹介したオリエンス宗教研究所発行の月刊誌『福音宣教』2005年11月号に『「いつでもどこでも分かち合い」が切り開く福音宣教』(土屋至氏)という記事が載っている。その記事中に「20世紀最大の聖書学者」バークレーの,次のような考えが紹介されている。

「自分の重荷を軽くする方法は,他人の重荷に手を貸してやることである」
そして,
「自分の悲しみに耐える方法は,人の悲しみをともに負ってあげることである」

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2005年11月 5日 (土)

『齢百二十』

昨日のNHKニュースによると,鎌倉時代の人たちの平均寿命は24歳だったという。聖マリアンナ医科大学の教授が,由比ヶ浜南遺跡から出土した260体分の歯や骨を分析した結果,15歳未満の子どもとみられるものが70体以上あったのに対し,55歳以上は5体しかなく,平均寿命を計算したら24歳になったという。教授は,寿命の短さの原因として,戦乱,災害,都市の劣悪環境をあげている。

ところで, 一昨日紹介した相川高徳氏著『中世鎌倉人の手紙を読む[女性編・男性編]』(岩田書院 2004年)。ここにも,たくさんの死や病が載っている。しかし,[女性編]の「第六章 いのち」の最初に紹介されている書状は,塔の辻殿という人が120歳の長寿であることを祝う手紙。相川先生は『齢百二十』と題している。

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