2006年12月17日 (日)

People Always Have the Resources They Need

僕はしょっちゅう人を羨む。
妬むと言ってもいいかもしれない。

僕の関心は専ら人間関係にある。

日常の中で,
市場原理を学んでいない人(僕もそうですが)が「あいつは営利目的だから」と言うのを耳にする。
確かにその発言をした人は営利目的で行動していない人だ。
でも,代々受け継いだ広大な土地の持ち主だったりする。

羨ましいなあ~。

「人間関係」と縁のない人から「あいつの家庭には問題がある」と言うのを耳にする。
そう言った人の家庭は確かに円満だ。

それはそれでいいか~。

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2006年11月30日 (木)

「それぐらい気にしなきゃいいのよ」?

明治大学の諸富祥彦先生の著作は,
私のものの考え方に大きな影響を与えています。
この夏には諸富先生のワークショップにも参加し,
益々,先生が第一人者として研究・啓蒙活動をなさっている
人間性心理学(第三の心理学)や,トランスパーソナル心理学にも興味を持つようになりました。

その諸富先生が,昨日は千葉県内で講演をなさったそうです。
講演内容は,現在を生きる子どもから大人までの多岐の話題にわたったようですが,
諸富先生は持ち前のユーモアを交えながら,
各発達段階で若者(あるいは大人)が突き当たる心理的な壁のやり過ごし方を述べられた様子です。

しかし,昨日の講演では,冒頭にいじめに関する問題も取り上げたそうです。
そこだけは,ユーモアを交えずに話されたそうです。

参加された方からの報告によりますと,
もし,子供がいじめられていることを親に(教師にでも同じでしょうが)話した場合,
絶対言ってはいけない言葉3つを教えて下さったそうです。

第一「それぐらい気にしなきゃいいのよ」
第二「もっと強くなりなさい。あなたがもっと強くなればいいのよ」
第三「あなたにも悪いところがあるんでしょう」

(都知事さんの発言を思い出しました)

子どもにも,プライドがありますし,また,
親に心配をかけたくないという「よい子」反応から,
学校などで周囲からいじめられてもなかなか親には言いません。
したがって,子どもが親にいじめられてることを話すということは,
悩んで悩んで悩み貫いて一大決心をして話す訳です。
そんなときに,上のような三つの言葉を親から言われたら,
ああ,親に話してもわかってくれない(=話しても無駄だった)と思い
もう2度と話してくれなくなる可能性が大です。

また,第三の「あなたにも悪いところがあるんでしょう」 というのは特にひどい言葉です。
一昨日もテレビで,六占星術師とかいうタレントが,
「いじめられている側にも原因があるの」なんて平然と話していましたが,
なんという強者的(または自分の弱さを徹底的に隠蔽した)発言でしょう!

とにかく,親は子供の相談に対しては,一緒に大変なことだと大騒ぎする。
大変だという気持ちで,一言も聞き漏らさずよく耳を傾ける。
しかし,大騒ぎをするときに,子どもと一緒に揺れ動くのではない。
自分も揺れてしまうと,揺れが増幅されてしまいます。

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2006年11月24日 (金)

家族でネイチャーゲーム「わたしの木」

昨日は,部活に行った三女以外の家族4人で紅葉狩りに行きました。
天気予報では一日中雨だったのですが,
雨の降り出しは思いの外おそく,日中はなんとか曇りの天気が持ちました。

行き先は西丹沢で家から2時間半くらいのところまで行って帰ってきました。
東名の大井松田で降りて,246を下り,洒水の滝の横を通り過ぎ,
清水橋というT字路を右折すると,あとは西丹沢への一本道です。
途中,春にも行った信玄の隠し湯・中川温泉を通り過ぎ,
樹齢2000年(イエス・キリストの頃です!)の箒杉も通り過ぎ,
西丹沢ビジターセンターに車を駐め,河原に降りました。
気温は8度,水温は2度と表示されていました。

しばらくみんなで河原で遊んだ後,家族からちょっと離れ,木を見ていたら,
家族と一緒にネイチャーゲームの「わたしの木」をやりたくなりました。

そこで,河原で遊んでいた家族三人に,
「ねえ,パパとゲームをやろう」と誘ってみました。
三人は,「こんなところでなんのゲームをやるんだろう」という顔をしながらも,
誘いに乗って,わたしの方に来ました。

ジョセフ・コーネル氏が考案した”Meet a Tree”(柏書房『ネイチャーゲーム』1 p.30)は,こんなゲームです。
ただし,以下に紹介するのはオリジナル版ではなく,「マジス家バージョン」です。061124_2

  1. まず,たくさん木がある場所へ行く。
  2. 家族の一人に目隠しをしてもらう。最初は妻に目隠しをしてもらいました。目隠しとして使ったのはわたしのハンカチです。
  3. 他の家族は,その目隠した妻(ママ)に紹介したい木を探す。その木は,妻が待っている位置から10mくらいのところにする。ただし,その木の周りにも似たような木が生えていないと面白くない。(右の写真のように)
  4. 木が決まったら,家族は目隠しをしたままの妻(ママ)をその木のところに連れて行く。そのとき,妻(ママ)がこわがらないように,両方から支えながらゆっくりと歩く。「足下にちょっと石があるから気をつけて」なんて言いながら。
  5. 3で決めた木の前に着いたら,妻には目隠しをしたまま,触覚や嗅覚を使ってもらって,他の家族はその木を紹介する。「右の手をもう少し伸ばすと何かあるでしょう」とか「座ってみて,木の生えている根元にさわってごらん」,「顔をもう少し近づけて木の匂いを嗅いでみて」なんて具合。
  6. だいたいその木を感じてもらったら,目隠しをしたまま,元の場所まで戻る。このときも家族で妻(ママ)をエスコートする。
  7. 元の位置に戻ったら,妻(ママ)には目隠しを取ってもらい,さきほど家族が紹介した木を探しに行ってもらう。

こんなゲームです。
最初に目隠しをしたは妻。第2回目は長女。そして最後に次女が目隠しをして木の感触を味わいました。

ところで,目隠しをとった後,木を探しに行ったとき,すぐに当たったと思いますか?それともわからなかったと思いますか?

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2006年6月 9日 (金)

神さまの居場所

 勤務校には「愛の運動委員会」という生徒の組織があります。いわゆる,ボランティア委員会です。たとえば,昨日と今日,ジャワ島地震緊急支援募金を校門に立って行っています。
さて,この委員会の活動の中で,中心となっているものは月に一度の児童養護施設訪問です。今週末,11日の日曜日に今月は実施されますが,4月も5月も日曜日に一回ずつ実施されました。参加者は中2から高2までで,4月は21人,5月は10人でした。4月の21人は近年では最も多い参加人数でした。今月からは中1も参加できます。その中1に対して,先日,愛の運動委員の先輩が各教室に出向き,施設訪問の説明をしてくれました。説明してくれた生徒は普段から施設訪問に参加している生徒たちです。児童養護施設(子どもの家)がどういうところか,また,何をするために自分たちが子どもの家を訪問するのかをわかりやすく説明してくれました。そして,「是非,一緒に行きましょう」と誘っていました。
 私も,しばしば施設訪問に生徒と一緒に行く教員として,翌日に施設訪問について,中1生徒たちに次のように話しました。
 

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2005年12月26日 (月)

カトリック学校1<第2バチカン公会議>

私のアイデンティティ。
それは家族の一員であることである。妻の夫であり,三人の子どもの父親であること。
もう一つ,社会的なアイデンティティ。それは『カトリック学校教師』である。

1986年の大学卒業以来,途中2回学校を変わったが,一貫してカトリック学校の教壇に立ち続けている。尤も途中1年間は非常勤講師であったため,同時にプロテスタントのキリスト教主義学校や無宗教の学校の教壇にも立った。

さて,カトリック学校とは何か?

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2005年12月15日 (木)

「マリアは悔しかった」

イエズス会士のイシドロ・リバス神父をご存じの方は多いだろう。リバス神父は1954年に来日し,東大生が多く住んでいた駒場のザビエル寮舎監,上智大学での宗教学の講義,聖イグナチオ教会での司牧,マリッジ・エンカウンターやCLC等分かち合いグループの指導,そして,黙想会や霊操の指導などで日本全国を飛び歩き,昨年,病気治療に専念するため祖国スペインに帰国した。その間,『日本の大学生』(読売新聞社),『日本人とのおつきあい』(コルベ出版 1976年),『二人の自分』(女子パウロ会 1983年),『孤独を生きぬく』(講談社 1985年),『傷ついた家庭こそ神の愛のなかに』(新世社 1993年),『ミサ 神の愛の確認』(新世社 1996年),『祈りを深めるために』シリーズ(新世社 2001年~)とたくさんの著書も残した。

私はリバス神父と大学時代に出会った。一般教養科目で彼が担当していた『日本人の宗教心』という授業を取ったのがきっかけだった。この科目を履修した理由はいたって大学生らしい理由。「楽勝コース」(=あまり努力せずAの評価がもらえる)という噂だったからである。実際には,私は楽勝コースの御利益に与らず,けっこう真面目に授業に取り組んだ。授業でもモーツァルトの音楽などを聞きながら黙想するのだから,興味がない学生にはけっして楽勝コースではなかった筈だ。実際,履修はしたが修得はできなかった学生もかなりいた。途中で授業に出てこなくなるのだ。1982年のことである。

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